気が付いた時には私は1人だった。

『どうして?』なんて考えるのもめんどくさかったので、考える事もしなかった。

それまでどこでどんな事をしてきたかなんて 正直、昔の事すぎてよく覚えていない。

はっきりと覚えている限りでは 私はもうそこで眠っていて

気が向くとほんの少しだけ起きた。

起きた時に ほんの少しだけ誰かと関わる事もあったけれど

深く関わろうと思った事はなかったし 実際にしなかった。

たった1度だけ しつこさに負けて気まぐれに弟子も取ってみたけれど

やっぱりすぐにめんどくさくなって 酷く後悔した。

幸い、彼はそれなりに出来る人だったので

他と比べればかなり早く手が離れてくれたのだけが救いだ。

それから後も 1人でも別になんら困る事なんてなかったから 私はずっと1人だった。

ただ、ゆっくりと眠る事さえできれば 他に望む物なんて私にはなかった。



君に 出会うまでは。











BIRTH











「老子!老子!」





耳からではなく脳に直接響く 聞きなれた声。

その声を合図に ほんの少し脳を覚醒させる。

すると、のそりと立体映像の自分が目を覚ました。

意識して立体映像の目を開けば、そこには予想通りの見慣れた顔。


「なんだい、邑姜?
 脳を使うだけでもカロリーが消費されちゃうんだけど?」


そこには、まだあどけなさを残した少女が1人。

私のたった1人の家族 養女むすめの邑姜だ。



私がこの少女を養女として迎えた時 周りの人々はとても訝しんだ。

なにせ人一倍面倒臭がりの私の事だ。

自らの食事や生活さえ投げ打って ただひたすらに眠っているだけの男が

なぜ養女など取ったのか?

それは、考えるまでもなく、至極全うな疑問だ。

きっと、弟子を取った時と同じく気まぐれに違いない、と皆 口々に囁いたが、

私がこの少女を養女に迎えたのは 決して気まぐれから等ではなかった。

その理由は、もう少し後になれば 誰もが知る事になる。

大儀などとは言うつもりがないけれど

それでも彼女がこの世に生を受けた瞬間から

それが私の仕事である事は 私自身が一番よくわかっていた。

本来であれば 自分自身の事でさえ死ぬほど面倒臭い私だ。

それが、自分以外の ましてや子供を1人養うだなんて

面倒臭いなんて物では済まないに決まっている。

そんな事は言うまでもない事だったが

これは致し方のない定めなのだと 自分に必死に言い聞かせた。

彼女を養女にしたのは 本当にただそれだけの理由だった。


「どうしたのじゃありません。
 私を呼んだのは貴方じゃありませんか。」

「あぁ、そういえばそうだったね。」


私がそういうのと同時に、邑姜は不満げに眉根を寄せた。

それを見て、『しまった…』とほんの少しだけ焦る。

機嫌を損ねては、大切な寝床である羊達を散り散りに移動させられてしまう可能性がある。

急いで気を逸らす為、私は慌てて本題に入った。


「あなたを呼んだのはね、欲しいものを聞く為だよ。」

「欲しいもの?」


その一言、邑姜は首を捻って見せた。

その表情は、いかにも訝しげだ。


「もうすぐ誕生日が来るでしょう?」


その一言で、邑姜の大きな瞳がきょとんと丸くなった。

私の口から出るには 少し予想外の言葉だったのだろう。


「…覚えていてくださったんですか?」

「これでも一応あなたの養父ちちおやなんだけど…?」

「あ、いえ、そういうつもりでは…!」


邑姜は途端に慌ててブンブンと勢いよく首を振り モゴモゴと言い淀んだ。

邑姜は同世代の子供と比べると だいぶ大人びた少女ではあったが

自分の前では、時折こうして子供らしさを見せた。

その事実に 思わずほんの少しだけ顔が綻んだ。

しかし、次の瞬間にはすぐにはたと我に返る。



一体、それが何だと言うのか。



彼女はまだ子供なのだから

義理とはいえ保護者である自分の前で気が緩むなんて

別に普通の事なのではないか。

そう思い始めると、妙に胸の中がもやもやとして

咄嗟に緩んだ口元を欠伸で誤魔化した。

馬鹿らしい   酷く馬鹿らしい感情だと思う。


「で、何が欲しいの?」

「でも、今までは、特に私が何も言わなくても、
 いつの間にか私の欲しい物を用意して下さいましたよね?」

「うん。なんとなくでね。」

「じゃあ…」

「『別に今更聞かなくても。』って?」


彼女が尋ねようとした事を遮って、私はそう続けた。

すると彼女は またその大きな瞳を丸くし、

その後すぐに目を細め、淡々と続けた。


「…貴方は、私が言いたいことがいつもわかるんですね。」


そういう彼女の表情は、言葉以上に何かもの言いたげだった。


「そうだよ。だって養父ちちおやだもの。」


私がそう言って誤魔化すと、彼女は眉間に皺を寄せる。

また私を訝しげな目で見ていたけれど、

『そうですか』と一言呟くと、それ以上は深く追求しようとしなかった。

彼女は、未だ片手で事足りる年齢ではあったが、

対峙した相手が自ら口にしない事に関して

それが問うても良い事か 問わずにいるべき事かを 明確に判断する事ができる。

世間的に見れば親馬鹿と言われるのかもしれないが、

客観的に見ても 彼女はとても頭のいい子供だった。

自分がそういう風に育てたと言えばそれまでだが

自分でも感心する程、実に上手く育てられたものだと思う。


「では、また何か新しい本を…」

「また本でいいのかい?」

「えぇ。今、私が一番欲しい物は知識ですから。」


そういうと、彼女は何事もなかったかのようにニコリと微笑んだ。

本当に聞き分けの良い子供だ。


「そうかい。じゃああなたに必要な本をまた選ぶよ。」

「お願いします。
 では、羊達がお腹を空かせて待っていますので、私は戻りますね。」


そう言って彼女は軽く一礼すると、スタスタと自宅へと戻っていった。

おそらく、彼女ほど手が掛からない子供はそういないだろう。

面倒臭がりの私にとって、それはとても喜ばしい事だった。

それでも なぜか胸の中にはまだあのもやもやが残っていた。







ある日 突然体に衝撃を受けて目を覚ました。

思えば、実態の自分が目を覚ますのは 酷く久しぶりだったように思う。

久々に自分のその目を開いてみれば、そこにいたのは奇抜な格好をした1人の男。

それは かつて自分の弟子であった申公豹であった。

見渡すと、自分の周辺1m四方だけが焼け焦げている。

おそらく、彼が自らの宝貝を使って、私に雷を落としたのだろう。

私の寝床であった羊達が一匹残らず見当たらない事を考えると

激しい雷に驚いて 私を振り落として逃げたに違いない。


「なんだい、申公豹…折角の昼寝を邪魔するだなんて酷いじゃないか。」

「何が酷いものです。人に使いをさせておいて。
 こうやって遠い所わざわざ尋ねてきたにも関わらず、
 いつまでものうのうと眠りこけているあなたの方が余程酷いでしょう。」


そういうと、彼は1冊の本を私へと差し出した。

分厚く、いかにも厳めしい雰囲気のするその本は、

私の手の中で ずしりと存在感をアピールした。

堅い堅いその表紙には達筆な毛筆で仰々しい文字の羅列が並ぶ。

それは、つい最近出たばかりの政治学の本だ。


「この本でよいのでしょう?」

「あぁ、合っているよ。」

「…それにしても、とてもじゃありませんが
 子供への誕生日プレゼントとは思えない一品ですね。」

「いいんだ。彼女にはコレが必要だから。」


私がそういうと 彼はやれやれとばかりに首を振って見せた。


「年頃のお嬢さんなのですから、もう少し考えてあげても良いのに。
 必要か必要でないかだけではなく、時には娯楽品を与えたって
 バチは当たらないでしょう?
 と言っても、貴方にそれをしろと言っても無理な話でしょうが。」


彼の言葉を まるで他人事のように涼しい顔で聞き流せば、

彼は再び 呆れたように首を振った。

すると、彼は今度はガサゴソと懐から1つの袋を取り出した。

取り出されたその小さな紙袋には 小さな小さな赤いリボンがくくり付けられている。

彼は、それを私の掌へと押し付けると、開けてみるよう促した。

促されるままにしぶしぶその包みを開けば、

中には、なにやらたくさんの小さな粒のような物が見える。

よく見ると、それは小さな花を模したたくさんの髪飾りのようだった。


「…これをどうしろと?」

「彼女にプレゼントする以外に何があるんですか?」

「私は頼んでないよ。」

「もちろん頼まれてはいません。あくまで私の気遣いです。
 しかし、コレはあくまで 私からのプレゼントではなく、
 貴方から預かったお金で買ったものなので貴方からのプレゼントです。
 本当はもっと華やかな物が良かったのですが、
 貴方から預かったお金の範囲内で買えるのはそれだけだったのですよ。」


若干不服そうな言葉とは裏腹に、彼は少しだけ自慢げにそう話した。

相変わらず、彼は妙な所がおせっかいな男だ。


「まぁいいや、とりあえず本と一緒にあげればいいんでしょ?」

「貴方の辞書には感謝と言う文字がないのですか?」

「いや?」


そう言って適当に誤魔化せば、彼は不服そうに若干口を尖らせたが、

長い付き合いなだけに慣れてしまったようで、すぐに気を取り戻した。


「では私はもう帰りますよ。」

「妲己の所に?」


私がそういうと、彼はぴたりとその動きを止めた。


「おや、ご存知でしたか?」

「まぁね。」

「あそこは居心地が良いので、居候させてもらっています。
 まぁ、飽きたら出ようとは思いますが。」

「そう。」


私がそう言い放つと、それまで不服そうにしていた表情に

いつも浮かべている無機質な笑みが戻った。


「止めも諌めもしないのは、貴方らしいと言えば貴方らしいですね。」

「貴方の人生なんだから貴方の好きにすれば良いよ。」

「えぇ、私は私の『流れ』に身を委ねさせていもらいます。
 でも…」

「でも?」


彼の言葉尻を私が聴き返せば、彼はその無機質な笑みをより強めた。





「彼女は少し哀れですね。」





その言葉に、それまで忘れかけていた胸のもやもやが再び顔を出した。


「まだ幼いあの少女は 生まれながらにして重い荷を背負っている。
 彼女の『流れ』は 少女が委ねるにはあまりにも過酷で残酷な道のりだ。
 世界を背負うと言う事がどれだけの重荷か 貴方にわからないわけはないでしょう?」


胸が もやもやとした。


「もっと哀れなのは 彼女が自分の荷を自覚している事だ。
 誰に言われたわけでもないその事実を 彼女は薄ぼんやりと察知している。
 だから彼女は我侭も言わないし 聞き分けも良い。
 本当に頭の良い よく出来た子供だ。」


彼の言葉に、胃の奥がムカムカと 疼くような感覚を覚える。





「しかし、それは彼女にとって 本当の幸せなのでしょうかね?
 果たして 今も 未来も 彼女は幸せを感じる事ができるのでしょうか?」





彼が口にしたその言葉に

瞬間、ガツンと頭を殴られたような衝撃を覚えた。

まるで寝不足の時のように脳の奥がジンジンと痛む。



 わ  か  っ  て  い  る  さ    そ  ん  な  事



表情一つ変えない私に 彼は容赦なくシニカルな笑みを向ける。

そうして 無言で私に問いかけた。

もやもやと胸を覆う黒い影。





 わ  か  っ  て  い  る  さ    そ  ん  な  事


 彼  女  の  流  れ  が  残  酷  な  ん  て

 出  会  う  前  か  ら  知  っ  て  い  た
 



 わ  か  っ  て  い  る  さ    そ  ん  な  事


 彼  女  が  我  慢  を  し  て  い  る  な  ん  て

 言  わ  れ  る  前  か  ら  気  づ  い  て  た



 で  も  だ  か  ら  っ  て  ど  う  し  ろ  と  ?


 私  に  流  れ  は  変  え  ら  れ  な  い  し

 試  み  る  の  も  許  さ  れ  な  い

 だ  っ  て  私  の  す  る  べ  き  事  は

 彼  女  を  流  れ  に  乗  せ  る  事





胸に渦巻く黒い影が溢れ出して止まらない。

影はもやもやと胸の中を多い尽くして 我が物顔で居座った。


「それは 彼女にしかわからない事だ。」


私が吐き捨てるようにそう呟けば 彼はほんの少し満足げに目を細めた。


「えぇ、その通りですね。
 さて、無駄話はこれくらいにして、私はもう本当に帰ります。」

「そうしてくれるかい?
 じゃないと彼女がそろそろ来てしまう頃だから。」

「それはお邪魔ですね。
 それでは私はこれで。」


そう言い残すと、彼はさっさと帰っていった。

それとは裏腹に 彼の連れてきた黒い影は

私の胸の中に居座ったまま 帰ろうとはしてくれなかった。




「老子?」




彼の背を見送った直後、いきなり背後から掛けられた声に 柄にもなく驚いた。

背を向けていたので表情が見えなかったのだけが不幸中の幸いだろう。

ゆっくり ゆっくりと彼女の方へと向き直る。

すると、呆然と立ち尽くす邑姜が目に入った。


「あぁ、来たのかい、邑姜。」

「一体、どうしたんです?
 まだ起こしてもいないのに…ましてや、立体映像ではなく
 実体が起きているだなんて…。」

「羊達に落とされてしまってね。」

「まぁ!怪我はしませんでしたか?」

「大丈夫だよ。」


最初こそ驚きと心配の表情を見せた彼女だったが、

私が何事もなかったかのようにけろりとしてみせると、

ほっと安堵の表情を見せた。

そのタイミングで、何事もないように先程申公豹から渡されたばかりの

分厚い分厚いあの本をさっと差し出した。

妙なプライドと気恥ずかしさで 我ながら酷くそっけない態度だったように思う。


「はい、これ。お誕生日おめでとう、邑姜。」

「ありがとうございます、老子。
 大切にします。」


彼女はその本を両手でしっかりと受け取ると、綺麗にニコリと微笑んで見せた。

ソツのないその対応は、傍から見ればあまり子供らしいとは言えないのだろう。

しかし、彼女のその態度は自分にとっては酷く見慣れたもので 全く違和感を感じさせない。

彼女のその冷静な態度を見た途端、自分の右手に握られた小さな袋が、

なぜかやけに気まずい存在になった。

さっさと 渡してしまえばいいのだろう。

本と同じように さっと手渡せばいい。

それなのに、小さな小さなその袋は やけに私の手の中に居座った。





(やはり 彼女はこんな物、喜ばないのではないか?)


(子供びていて 自分には必要のない物だと思うのでは?)


(なにより、私からこんな物をもらったって、彼女は嬉しくないのでは?)





そんな思いがもやもやと胸に渦巻く。

気が付くと、私は手の中の袋をくしゃりくしゃりと弄んでいた。

すると、そんな私の違和感に気づいたのか、

邑姜が目ざとく袋を見つけてしまった。


「なんですか、それ?」


内心、一瞬ぎくりとしたけれど 顔には出さずにいられたように思う。

そして、どうせばれてしまったのだからと開き直り、

意を決して 掌の袋を彼女に差し出した。

袋を見れば、弄んでいたせいで、赤いリボンが斜めってしまっていた。


「これもあげるよ。」

「?なんですか?」


そう言って私の掌から袋を受け取ると、

邑姜はゆっくりと包みを開いた。

そして、次の瞬間、今まで見た事もない程 その大きな目を見開いた。

その目は、今にも零れ落ちそうなほどだった。


「老子……これ…?」

「髪飾り。いらなかったら捨ててくれて構わないよ。」


私がそう履き捨てるように言えば、

邑姜は強く強く眉根を寄せてその袋をぎゅっと握り締めた。





「捨てません…!!!!」





私の前で彼女がそんなに声を荒げたのは 初めてだったように思う。

いつでも冷静沈着で淡々とした彼女の事だ。

思えば、大声はおろか、そんなに感情を表に出す事もなかった。

初めての事に 思わず私も目を丸くしてしまった。

すると、そんな私の様子に気づいたのか、彼女は途端に我に返ってさっと頬を染めた。


「すみません…大きな声を出して…。」

「いや、ちょっと驚いただけだから。」


私がそう言うと、彼女は少し俯いて

小さな声でポツリポツリと口を開いた。


「凄く…凄く嬉しいです。ありがとうございます。
 絶対に大事にします。」


内容にしてみれば 先程と同じようなものだ。

だがしかし、先程とは重きが違うように思えた。

今まで 見た事のない彼女に一面だ。

そう思うと、なんだかこちらも妙にソワソワと落ち着かなくなった。

すると彼女は、少しもじもじとした後に、気まずそうに再び口を開いた。


「実は私も…私も貴方に差し上げる物があります。」

「私に?」


予想だにしない言葉に首をかしげると、彼女はポケットから小さな包みを取り出した。

その包みは、掌に収まる 薄荷色の綺麗な包みだった。

下を向いたままの彼女からその包みをそっと受け取ると中からは同じく薄荷色の小さな布切れ。

よく見ると、それは薄荷色のアイピローだった。


「これは…?」

「作ったんです…私が…。」

「あなたが?」


私がそう聞き返すと、彼女はより一層頬を染めて

完全に下を向いてしまった。


「お礼がしたかったのです…。」

「はぁ…お礼…?」


彼女に言っている意味が分からず、私は思わず 力のない声を出してしまった。

私のその声に 落ち着きを取り戻したのか、彼女はいつものようにハキハキと続けた。


「誕生日は『おめでとう』と『ありがとう』の日なのだと、そう本で読みました。
 誕生を迎えた人とその人を産んでくれた両親
 そして、生まれてきてくれたその人とその人に出会った人々が
 お互いに祝福と感謝をする日なのだそうです。」


そう言うと、彼女はふっと顔を上げてみせる。

その表情に、もう先程までの気恥ずかしさは浮かんではいなかった。

そして、かちりと目が合うと 私の目を見据えて続けた。


「本当はちゃんと貴方のお誕生日にお祝いしたかったのですが
 貴方の誕生日がわからないので、代わりに私の誕生日に一緒にお祝いさせてください。
 少なくとも、私の誕生日は『養父ちちおやとしての貴方の誕生日』のはずですから。」





彼女の次の言葉に 今度は私が目を見開く番だった。





「生まれてきてくれてありがとうございます。
 貴方がいてくれて本当に良かった。

 生んでくれてではないけれど 育ててくれてありがとうございます。
 貴方に会えて本当に良かった。

 私はいつも 貴方からたくさんのものをもらっています。
 貴方にはどんなに感謝しても し足りません。
 私は とても とても幸せ者です。
 本当に 本当に ありがとうございます。」




そう言って 彼女はくしゃりと表情を崩して笑った。

それも 初めて見る彼女だった。

彼女のその表情に 言葉に 私は酷く気恥ずかしくなって

でも なぜだかとても嬉しくて

笑いたいような 泣きたいような そんな不思議な気持ちで一杯になった。

自分が今 どんな顔をしているのかなんて 全然わからない。

動揺を悟られないように、照れ隠しとばかりに

彼女をいきなり引き寄せて 思い切り抱きしめてみた。

彼女は 酷く慌てて しばらく私の腕の中でワタワタと狼狽えていたが、

しばらくすると大人しくなって ぎゅっとその額を私の腹へと押し付けた。



とても とても 小さい。

とても とても 柔らかい。



力一杯抱きしめたら 壊れてしまうのではないかと思う程に

彼女はとても儚げだった。

その時、思えば彼女を養女むすめとして迎え入れてから

実際に彼女に触れたのは それが初めてだったように思う。

初めて触れた彼女は 酷く 酷く 愛おしい物に思えた。







気が付くと 胸の中のもやもやは何処かに消えてしまっていた。

代わりに胸に居座ったのは 今まで感じた事のない温かな何か。








END.







老邑の馴れ初め…というかなんというか。

老←邑で老→邑みたいな。

某方へのお誕生日のプレゼントでした。

老子はたぶん、最初はホントに仕方なしに邑姜を育てていたんじゃないかと思うのです。

だってあの性格だもの。

でもなんだかんだで、ちょっとずつちょっとずつ情が移っちゃって

でも、『いや情を移しちゃいけない…』みたいに、もがいていたんじゃないかと。

だから触れないし 必要以上に踏み込まない。

もしも情を移してしまったら、たぶん後で物凄く辛くなるから。

だって、自分が邑姜を残酷な流れに乗せなきゃいけない張本人だったのだもの。

でもそれが世界と邑姜本人の為だと 必死に堪えていたというか

『非情にならなきゃいけない!』と葛藤して

もにょっとしていたのならいいなぁとか思ったり思わなかったり。

私的には 邑姜も老子も、お互いの事を

凄く大事に思っているんだったらいいなぁと思う次第であります。


2012.1 再UP



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