繰り返されるのは アノ時の映像

眼前に映るのは 真っ白な光と

まるでその中に融けて今にも消えてしまいそうな 淡い淡い青


さよならという 淡くはかないその声が

今も耳に張り付いて離れない



何度繰り返せば この悪夢は終わるのだろう












−夢の続き−













はっと目を覚ますと、そこは見慣れた山の中だった。

まだ辺りは肌寒い位だというのに、その額にはじわりと汗が滲んでいる。

頬や額にベタベタと纏わり付く髪が酷く気持ち悪い。

袖口でぐいと額の汗をぬぐい、辺りをぐるりと見回す。

すると、ほんの少し離れた所にすやすやと眠る影が1つ。

そろりと近づいてそっとその頬に触れると、その温かさにほっと胸を撫で下ろした。

次の瞬間、びゅっという音とともに、まだ些か冷たい風が頬を撫ぜた。

暦の上では春が来ているとはいえ、いまいちピンと来ないのは、

まだチリチリと肌を刺すこの寒さのせいだろう。

ぶるりと身震いを1つして、洋服の首元ぐいと引き上げると、

少々伸びてしまった襟足は、先ほどの汗でぺたりと首に張り付いたまま

襟ぐりからもぐりこんでチクチクと首を刺した。

むずりとするその感覚が、少々煩わしい。

思わずがしがしと無造作に首元を掻くと、

隣からクスクスという笑いが漏れた。


「何がおかしいのだ、普賢…?」


隣をじとりと睨みつければ、眠っていたはずの影が肩を震わせていた。

少年のような幼い顔立ちをしたその影の正体の名は普賢真人。

仙人界の同期で、崑崙12仙の1人で、

現職業・神様。


「いや、別に?」


そう言いながらも、普賢は口元に手を当てたまま、

またしてもクスクスと笑った。

この場所は元々、普賢に教えられた。

この山の中は、程狭い神界の中では珍しくとても人気の少ない場所である。

現在、自らの弟子や師匠、霊獣や元部下達からの逃亡生活中の毎日で

棲家こそ定まってはいなかったが、それでもいくつか身を隠す場所は決めていた。

ここはそのうちの1つで、いくつかある隠れ家の中で一番ひと気も少なく

一番のびのびと羽を伸ばす事が出来る為、最近の一番お気に入りの場所だ。

というのも、樹海のごとく生い茂った木々のせいで、

日中でも大抵の場所は薄暗く気温もやや低い為、

他の神達からは不人気というだけの話なのだが。

しかし、それは逃亡者の自分としてはかえって都合がよい条件で

ここ最近では頻繁にここに出入りしては

普賢と世間話や昼寝をして過ごしているという寸法だ。

ふむ、と改めて普賢を眺めると、なんとも言えない複雑な気持ちになった。

自分よりも明らかに薄着の普賢は、

わしの周りとは気温が違うのではないかと思わせるほどに、

少しの肌寒さも感じさせないのだから可笑しな話だ。

その様子が、どうにも面白くなく、

わざとらしく眉根を寄せて口を尖らせると、

その様子に気づいたのか、普賢はゆっくりと口を開いた。


「ごめんごめん。笑って悪かったよ。
 望ちゃん、髪伸びたからねぇ。」


そう言うと、普賢はふいにむくりと起き上がって、

自分のその薄い青をした髪の襟足をつんつんと指差して続ける。


「鬱陶しいならその髪、少し切ったらいいんじゃ…」

「嫌だ。」


半ばかぶせるようにしてそう言うと、

普賢はほんの少し眉根を寄せて困ったように笑った。


「この髪は王天君の名残だ。
 むやみにわし1人の意思で切るわけにもいかぬだろ。」


そう言いながら口笛を吹き鳴らして目を逸らせば、

普賢は何かを悟ったようにしてにやりとその口元を歪ませた。


「そんな事言って、望ちゃん自分で切って失敗するの怖いだけでしょ?」


その言葉に、思わずぎくりと体が跳ねる。

思い出されるのは、幼き日の修行時代。

その昔、修行中に煩わしさの余り、1度だけ自分で髪を切った事があった。

もちろん若さゆえの豪快さで適当かつ勢いよく切り進んだ結果は

見るも無残なもので、大変悲しい結末を迎えたというのは言うまでもない。

それからというもの、自分で自分の髪を切ると言う事は絶対にしなくなった。

大抵の場合は、見た目に反して意外と器用な白鶴辺りに頼むというのが定番であったが、

人間界に降りてからはそういうわけにもいかず、その都度、四不象に頼んでみたり、

楊ゼンに頼んでみたり、果ては天化やら蝉玉やらに頼んでみたりと迷走を続け、

逃亡生活に入っている今となっては、当然のようにその髪は伸び放題だ。

もちろん、そんな事は長い付き合いのこの男には

言うまでもなくわかりきった事、という訳なのだろう。


「う、うるさいわ…!ほっとけ…!」

「僕が切ってあげようか?」


そう言って、普賢はニコニコと人の良い笑顔を浮かべてみせる。


「おぬしが…?」


その言葉に、一瞬迷った。

この煩わしい髪の毛が短くなるのはとても魅力的ではある。

しかし、先にも述べた通り、この男との付き合いは長い。

故に、向こうがわしの事を良く知っているのと同じように、

自分もこの男の事は良く知っていた。

この男、こう見えて実はあまり器用な方ではない。

実験や修行中などはそれなりに慎重に物事を進めはするからまだよいが、

繊細で小器用なように見えるその手は、

意外にも、大雑把で恐ろしく適当に動く。

まだ仙人界に来て間もない頃、ちょっとした悪戯心で普賢とともに

昼寝中の元始天尊様のひげをみつあみにした事があった。

しかし普賢のそれはとてもではないがみつあみと呼べる代物ではなく、

一体どこをどうやったらそうなるのかと思わせるような複雑な編み物となった。

結果、誰がどうやっても解く事ができなくなり、

最終的に元始天尊様がひげを切るより他なくなって

2人揃って大目玉を喰らった事は未だに鮮明に記憶に残っている。

この男にハサミを持たせて大丈夫なのか。

否、答えは考えるまでもないような気がした。


「いや…いい。」


そう言いながらそろりと後ずさりをしようとした次の瞬間、

がしりとすごい勢いで両腕を掴まれた。


「まぁまぁ、そんな遠慮しないで。」


ニコニコと優しげな笑みを浮かべたその儚げな顔とは対照的に、

普賢の腕には恐ろしいまでの力が込められていた。

一体この体のどこにそんな力があるのかと思わせるほどに、

身動きをとる事ができない。


「いやいやいやいやいや…!
 本気でいらんいらんいらん…!!」

「ちょうどいい事に、僕今日ハサミ持ってるんだ。
 切れ味もいいんだよ。」


『ほらね』、そう言って、普賢はポケットに手を突っ込むと、

現れたのは少々大きい剪定バサミだった。

まさかのハサミの登場に思わずびくりと体が跳ねる。

跳ねた体はあれよあれよという間に普賢の馬鹿力によって

その場に座らされ、縫いとめられてしまった。

そのまま普賢はさっさとわしの後ろに回ってその大きなハサミに指を通す。

普賢の細長い指によってジャキジャキと子気味よい音を立てるそれは

もはやわしにとっては恐怖の対象でしかない。

またしてもつっと冷や汗が頬と伝う。

その様子を悟ったのか、普賢はゆっくりと一際優しい声で続けた。


「やだなぁそんなに怖がらなくったって大丈夫だよ。
 僕、木タクの髪も切ってあげてたから慣れてるし。
 少なくとも望ちゃんが自分できるのほど酷くならないから安心して。」


そう言って、クスクスと苦笑をしながら普賢が手で髪をとかし始めた。

その手は、先ほどの声と同じく、酷く優しい。

その手に少々ほっとしつつも、その言葉を疑わずには居られない。


「本当だろうな…?
 嘘だったら承知せんぞ?」

「失礼だなぁ。大丈夫だよ。
 半分刈上げの木タクなんて見た事ある?
 それに、万が一望ちゃんが半分刈上げになったら、
 太極符印で切った髪の毛を結合して直してあげるから。」

「半分刈上げ半分刈上げやかましいわ…!!!」

「ほらほら、大人しくして、始めるよ〜。」


そう言うと、普賢はくるりと頭の向きを直し、

こちらの回答を前にさくさくとハサミを進め始めた。


「うぅぅ…怖いのう…。」

「大丈夫だったら。」


耳元で、ジャキジャキと子気味の良い音が響く。

それと同時に、さらさらと髪が地面に落ちる音。

鏡のない場所の為、不安は募るが、そのハサミは

思いのほか軽快に進んでいるように思えた。

ふわふわと優しく髪を梳く普賢の左手が酷く心地よい。


「望ちゃん、寝汗で髪ぺたぺた。
 纏まってて切りやすいけど、後でちゃんと洗った方がいいよ。」


その言葉に、一瞬どきりとした。

しかしそれを悟られないように、必死に平静を装う。


「やかましい。」


そう言って拗ねたふりをして唇を尖らせる。

そうすれば、普賢はまたいつものようにクスクスと笑うに違いない。

そう思った。

しかし、次に続いた言葉は、思っていたものと違った。





「望ちゃん、怖い夢でも見たの?」





どきり、と酷く心臓が跳ねる。

酷く、酷く動揺した。

本当は、笑おうと、そう思った。

いつものように冗談めかした顔でへらへらと笑って、

誤魔化してしまおうと思った。

それなのに、なぜか酷く狼狽してしまって、

申し訳程度に口元をゆがませる事で精一杯だ。


「まさか。」


そう、口に出すのがやっとだった。

なぜか酷く、喉が渇く。


「望ちゃん」


静かに囁くように、ただ呼びかけるだけの普賢の声。

ただそれだけの物なのに、なぜか酷く、酷く焦燥感が募る。


「な、んだ?」


意を決して口を開いたが、その声は、自分でも驚くほどに掠れていた。

それが、焦燥感にさらに拍車をかける。

ぴりぴりと、頭の芯がしびれるような感覚。





「僕が、死ぬ夢でも見たの?」





その言葉に、一瞬、全ての時が止まってしまったような、そんな錯覚を覚えた。

普賢のその手が、声が、全てが、わしの全てを支配してしまった。


「なんで…」


『そう思うのだ?』

本当はそう続けようと思った。

でもそれとは裏腹に頭の中では何故の次に別の言葉が続く。

『何故、わかった?』

『何故、ばれた?』

口にしたい言葉とは違うそれ。

それなのに、その言葉だけが頭の中を支配して、

結局、言葉を続ける事ができなくなってしまった。

ただ口がパクパクと動くだけで、言葉にならない。


「当たった?望ちゃんわかりやすいなぁ。
 望ちゃん、昔からそんな夢ばっかり見るんだもの。
 望ちゃんの怖い夢は誰かが死ぬ夢ばかりだ。」


その通り。

その通りだった。

昔から、怖い夢を見る時には、夢の中で、必ず誰かが死んだ。

不思議な事に、自分はそれ以外に怖い夢らしい夢を見た事がない。

もしかしたら覚えていないだけなのかも知れなかったが、

少なくとも、記憶をしている限りではわしは『誰かが死ぬ』以外の怖い夢を知らない。

それは父であったり、母であったり、妹であったり、一族の誰かで

決まって、自分の大切な誰かだった。

どういうわけか、夢の中で、自分は決して死なないし、死ねない。

必ず、自分の目の前で他の誰かが死ぬ。

そして、自分1人だけが取り残される。

そんな夢を見ては、起きた時には酷い疲労感と大量の汗に襲われるのだ。

幼い頃から、時折そんな夢に魘されてはいたが、それがより顕著になったのは、

その悪夢が現実になったアノ後からだ。



殷の軍が姜族を皆殺しにした、アノ・・時。



アノ時から、その悪夢を恐ろしく頻繁に見るようになった。

仙人界に来た当初などは、毎晩のようにその悪夢に魘され続けた。

毎夜繰り返される、アノ時の映像。

大切なものを失う絶望を繰り返すたび、

いつしか、眠る事が怖くなった。

眠れば、必ず誰かが死ぬ。

例え夢だとしても、その夢を見れば、

いつかその悪夢が現実になるのではと思わずにはいられなかった。

ただ、怖くて 怖くてたまらなかった。





そんなわしを救い出してくれたのが、同期の普賢だった。

普賢は、毎夜、寝ずに居るわしに付き合っては色々な話をしてくれた。

最初は嬉しくもあったが、さすがに毎夜ともなれば、話は別だ。

無理に自分に付き合う必要はないと説得もしたが、

普賢は聞く耳を持とうとはしなかった。


『望ちゃんが寝ないなら、僕も寝ないよ。
 1人だけ起きてるなんてずるいよ。』


そう言って、にこにこと笑いながら同じ布団に潜り込んでは、

くだらない話を延々とするようになった。

しかし何度もそれを繰り返している内に、

気がつくとそのままストンと眠りに落ちる事ができるようになっていた。

いつも気づけば朝が来ていて、どんな夢を見ていたのかさえ忘れる程に

ぐっすりと眠る事ができるようになった。

普賢と一緒ならば、悪夢を見る事はなかった。

その内、1人でも普通に眠る事ができるようになっていて、

だから、いつしか、その悪夢の事なんて忘れてしまっていたのだ。





アノ時までは。







『さよなら 望ちゃん』







繰り返されるのは アノ時の映像。

眼前に映るのは 太極符印の放つ真っ白な光。

そして、その中で、光に融けて今にも消えてしまいそうな

淡い淡い普賢の青い髪が揺れる。

『さよなら』という 淡くはかない普賢の声。



普賢を 失ったアノ時。



自分の中に溢れたのは思い出したくもない絶望。

己の無力さに対する失望感。

大切なものを失う恐怖。

あの日から、また悪夢を見るようになった。

以前と違うのは、その夢を見る原因がわかっている所だ。

毎夜ではないにせよ、その夢を見るのは、

決まって犠牲を生み出した後だ。

大も 小も関係ない。

犠牲を生み出すその度に まるで天罰だとばかりに

その悪夢に魘され続けた。







ど  う  し  て  皆  死  ん  で  し  ま  う  の  か

ど  う  し  て  自  分  は  死  ね  な  い  の  か


い  っ  そ  自  分  が  死  ん  で  し  ま  え  た  ら  と

一  体  何  度  思  っ  た  だ  ろ  う







一体 何度繰り返せば、この悪夢は終わるのか。

そう思わずにいられなかった。

酷く 酷く苦しかった。

だからこそ、封神台の中で、それまで自分が犠牲にしてきた魂魄達が暮らしている、

そうわかった時に、どんなに救われたかわからない。

だがそれでも、悪夢は消えてなくなったわけではなかった。

人は生きている限り、何らかの犠牲を生む。

そんな事は当然の事だし、それを全て回避できると思う程子供ではない。

にも関わらず、犠牲を生み出す度に、まるで戒めだとでも言わんばかりに

悪夢は自分を苦しめた。

それは導との戦いが終わって尚、こうして時折わしを苦しめ続けている。

2度ある事は3度ある。

否、行き続けていく限り、4度でも5度でも起き得るかも知れない。

また、あの悪夢が現実のものになるかもしれない。

そう思う度、怖くて 怖くて仕方がなかった。

その思いが、更に喉をカラカラとさせた。

もはや唾を飲み込もうとしても、ただ喉が形だけ動くに過ぎない。





「馬鹿だなぁ、望ちゃんは。」




ふいに、頭の上からそんな声が降ってきた。

よく知った、普賢の声。

その声に、思わずびくりと体が跳ねる。

一体どれだけ固く握り締めていたのだろう。

気づけば両の掌が、酷く痺れていた。


「馬鹿ってお前…」

「馬鹿だよ、望ちゃんは。」


誤魔化すようにして、苦笑しながら絞り出したその声は、

自分でも笑える程に、酷く掠れていた。

そして、それとは裏腹な普賢の明るい声が

自分のそれとはあまりにも不釣合いで、酷く戸惑った。

声音こそ明るいが、すぐ後ろに立っているが為に、

普賢が今、どんな表情をしているのかを伺い見る事はできない。

しかし、だからかもしれないが、普賢の声は酷く酷く小さいもののはずなのに、

この耳はかえってその声をしっかりと拾った。


「僕、ここに居るじゃない。」


その言葉に息が詰まった。

思わずひゅっと喉が鳴る。

それと同時に、それまでわしの髪を梳いていた普賢の手がぴたりと止まった。


「死なないよ、僕は。」


その言葉と同時に、普賢の掌が頭上からするりと伸びて、

すっぽりとわしの頬を包んだ。


「望ちゃんが死ぬまで、僕は死なない。
 望ちゃんを1人にはしない。」


頬に触れたその手は、酷く 酷く温かくて

柔らかなその声は 酷く 酷く優しくて

思わず鼻の置くがつんと痛んだ。


「嘘付け、すでに1回死んどるじゃないか。」


それを悟られまいと、精一杯の強がりで精一杯の憎まれ口を

できるうる限りの明るい声で利く。

必死に笑顔を作ったけれど果たして上手く笑えていたのかはわからない。

幸いなのは、普賢からもきっとわしの顔が見えていないだろうという事だけだ。


「死んでないよ。封神されただけ。」

「屁理屈だ。」

「屁理屈でも、事実だもの。
 だって僕、ここに居るじゃない。」


そういう普賢がどんな顔をしていたのかはわからない。

それでも、優しいその手が、全てを物語っているように思えた。

ぎゅっと胸が苦しくなる。

そうして、思い知らされる。

酷く、酷く喉が渇いたような錯覚。

しかし、渇いていたのは喉ではなく、自分自身なのだとそこで気づかされた。


「それにね、人が死ぬ夢って実は悪い夢じゃないんだってよ。
 不吉だけど、逆夢って言って、人が死ぬ夢って本当は吉夢なんだって。
 前に竜吉公主から聞いた事があるよ。
 誰かが死んだ夢の中で自分が悲しんでいれば悲しんでいるほど意味は良くなって、
 逆にあまり悲しくないのは、かえって良くない事が起きる前触れなんだって。
 ねぇねぇ、望ちゃん、ちゃんと一杯悲しんでくれた?」

「ドアホ。」


普賢の言葉1つ1つが体中にじわりと染み渡る。

じわり、じわりと、胸の奥に広がる気持ち。

ほんの些細な言葉だというのに、その手に、言葉に、声に、

どんどんと充たされていく。

胸が一杯で、酷く苦しい。

目頭が、酷く酷く熱い。


「もういいよ。もう十分苦しんだじゃない。
 いい加減幸せになろうよ、望ちゃん。」


そう言うと、普賢はふわりとわしの前へと姿を見せた。

きっと今、自分は酷い顔をしているに違いなかったけれど、

どうする事もできなかった。


「ずっと一緒にいようね、望ちゃん。」


そう言って普賢が笑うから、つられて一緒に笑った。

酷く、酷く懐かしい言葉。

遠い遠い昔に聞いた、温かい言葉。


「アホ…」


ボロボロと瞳から零れる温かいものが頬を伝って

そう発するのが精一杯だった。






その日から 嘘のようにぴたりと悪夢を見る事はなくなった。

例え 例えまた悪夢を見る事があったとしても

もう何も怖くはない。

なぜなら、もう自分は1人ではないから。








END.






久々の普太です。

某方へのお誕生日のプレゼントに書いてみました。

久しぶりに原作を読んでみて、望ちゃんはフジリュー先生が

描いた部分においては最後の最後まで『幸せ』にはなっていないよなぁと思って。

望ちゃんには幸せになって欲しいなぁと思って書いた次第。

ちなみに、最後の方で望ちゃんが言ってる「酷く懐かしい言葉」って言うのは、

以前に書いた【言葉遊び another story】の件だったりっていうのは余談。

Sさん、お気に召すかはわかりませんが、どうかお納め下さい。


2012.3.24



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