『太公望、一緒にしりとりしようよ!』

天祥くんのなにげないその一言で、貴方がほんの少し動揺した事に気づいてしまったから

だからただ その動揺の真意が気になった

ただそれだけだったんだ







「師叔、しりとりをしませんか?」






  葉 遊 び −







僕のその突然の申し出に師叔の顔があからさまに歪む。

「はぁ;?おぬしいい歳をして何を言いだすのだ…;?」

あまりの疲労についに気でも触れたのではないか;?

そう言って破顔した師叔は、僕の言葉をいつもの調子でさらりと交わし、

手に持っていたなんだかよくわからない釣り雑誌に視線を戻した。

でもそれも想定の範囲内の事だ。

「いえね、さっき天祥くんが武吉くんや四不象達とやっているのを見たんですよ。
 それがひどく懐かしく思えて…僕も昔よく師匠とやったな、って。
 で、せっかくなので久しぶりにやってみるのもいいかと思って。」

そう言ってにこりと微笑んでは見たものの、

師叔は顔はいかにも『うさんくさい!』と言わんばかりだ。

「だったら天祥達にまぜてもらえばよかろう?
 わしは生憎そういった趣味はないのでのう。」

「相手が天祥くんではレベルは高が知れていますからね。
 すぐに決着がついてしまう事は目に見えています。
 それではつまらないでしょう?
 それとも、何かどうしてもできない理由でもおありですか?」

にこにこと微笑む僕に対し、明らかに不信感を露わにする師叔。

それでもあからさまに突き放さないのはこの人の性分なのだろう。

「…仕方がないのう…少しだけ付き合ってやる…;。
 ただし、1度だ。1度勝負がついたらそれで終わりだぞ?よいな?」

「ありがとうございます、師叔。」






こうして僕と師叔の言葉遊びは始まった。






「では、師叔の『す』から始めましょうか?」

「『す』…『スイス』。」

「…『西瓜(すいか)』。」

「『カス』。」

「…いきなり『カス』だけ即答されると、自分に言われているようで若干腹立たしいですね…。」

「よいからさっさと進めるのだ!」

「はいはい…『雀(すずめ)』。」

「『メス』。」

「…『鱸(すずき)』。」

「『鱚(きす)』。」

「『スーパー宝貝』。」

「『SOS』。」



あぁ…そうきたか…

ふとその事に気づいた時にはもう遅い。

気が付けば、このゲームはもはや、すっかり師叔のペースに飲まれていた。

師叔はどうしてもさっさとけりが付けたいと見えて、

必ず語尾が『す』で終わるように仕向けているというのは誰が見ても明白であった。

ここまであからさまならば、相手が天翔くんであったとしても気づいただ事だろう。

子供の遊びならではの無邪気さを完全に無視したその狡賢い手は

酷く師叔らしいといえば師叔らしく、なんだか無償に可笑しかった。

だからこそしばらくの間その攻防戦に付き合ってはみたが、

この言葉遊びは一向に終わる気配を見せなかった。

『す』というたった1つの言葉でもその後に続く選択肢は組み合わせさえ変えれば無限大。

その気になれば意外とどうにかなるものだ。

むしろここまでくると『す』で終わる単語を考える方が難しいのではないだろうか。

それでもまだスラスラと返答を返して来る師叔はさすがと言えるのだろう。

しかし、いくらなんでも小一時間も続けばいいかげんこちらも痺れが切れてくる。

こちらから誘ったとはいえ、終わりの見えない言葉遊びにもいいかげん飽きがきていた。




だからほんの冗談のつもりだった。

『す』の一点張りの仕返しをしてやろう…ほんの少し師叔をからかってやろう…

そんな軽い気持ちだったんだ。







「『好き』」






「…!」

「『好き』、ですよ師叔。」







僕は、にこりと極上の笑みを浮かべ、

何の躊躇もなくさらりとそう言ってのけた。

自分の中でもとっておきの笑顔。

もとい、自分の中でもとっておきの意地の悪い笑顔とでも言うべきか。

とにかく僕は笑顔を浮かべ、次の師叔の出方を待った。


『アホか…!!』


師叔はそう返してくるものだとばかり思っていた。

否、いつもの師叔なら間違いなくそう返していたに違いないのだ。

しかし、僕の目に映ったのは想定の範囲外の光景。





そこにあったのは、酷く哀しい目をして黙りこくる師叔の姿だった。





「師叔…?」





想定の範囲外の事に酷く焦った。

ほんの一瞬、時が止まったようにさえ感じるほどに

なぜだか無償に不安だった。

師叔の声が聞きたかった。

「スー…!」






「…嫌い」






「…え?」






「嫌いだよ、楊ゼン。」






思わず手を伸ばしかけていた僕に師叔はそう言って笑った。

その笑顔は酷く哀しげで無償に胸がざわめいた。

その表情は今が言葉遊びの最中である事を忘れるほどに

僕の心を捕らえて離さなかった。

その言葉が自分自身に向けられたように思えて仕方がなかった。

否、それは間違いなく僕に向けられた言葉だった。



ただ、不思議と哀しくはなかった。

それどころか、いっその事、もっと嫌ってくれればいいとさえ思った。

いっそ僕を憎んでくれればいい、と。






 貴 方 ノ 中 ガ 僕 デ 一 杯 ニ ナ ル ホ ド ニ

 貴 方 ノ 中 ノ 誰 カ ガ 色 褪 セ テ シ マ ウ ホ ド ニ




もっと もっともっと 僕を嫌ってくれればいいと思った



願わくば 貴方の中の誰かが消え失せてしまうほどに

僕を嫌ってくれればいい




そう思った




END.






完全版1・2巻が発売されてまもなく突発的に書いたもの。

性懲りもなく落ちだけ書かずに放置していた物を、完全版発行時に友人と立ち上げた別サイトに乗せるために書ききりました。

昔からあまり成長していない文才にちょっと凹む。

そして自ら書いたにもかかわらず、

ブラックでドロついた内容にちょっと引く。(をい)

2012.1 再UP


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