『太公望、一緒にしりとりしようよ!』

天祥のなにげないその一言で、

自分自身、ほんの少し動揺したのがわかったから

だからこそ その場を逃げ去るように立ち去った

酷く懐かしいことを思い出した







「望ちゃん、しりとりをしようよ。」







  葉 遊 び 〜another story〜 −







ふいに頭の上から聞こえたその声は、酷く聞き慣れたものだった。

見上げれば案の定

良く知った顔がにこにことわしを少し見下ろすようにしてすぐ後ろに立っていた。

「おぬし、よく飽きんなぁ;。」

「飽きないよ。」

わしは今日、久々に人間界に降りてきていた。

人間界の季節は丁度春で、ぽかぽかと日差しが暖かかった。

だからこそ久々に満足行くまで釣りに興じるか!と考えていた矢先の出来事だった。

「いーやーじゃ…!
 折角久々に人間界まで出向いたのだ。
 今日は満足行くまで釣りをすると決めたのだ!」

「言っておくけど今日の望ちゃんに拒否権は無いよ。」

「うっ…;。」

今日の作戦も完璧だった。

この博愛主義面したなんとも狡賢い共犯者と共謀し、

いつも通り元始天尊様に一服盛る。

そして元始天尊様が眠りこけたところを見計らって、

元始天尊様専用の金剛力士を掻っ攫って一目散に逃げる…!

という予定だった。

そう…予定だったのだ。

しかし、一服盛ろうとしているところをたまたま目撃した白鶴に密告され、

犯行目前に本人に知られ、あえなく御用…

と、なりかかったところを、わしはこの共犯者をおとりにして1人で逃げた。

だからこそ、ここにはついさっきまで自分1人しかおらなんだのだ。

にも関わらず、こやつが今ここにいると言う事は、

おそらくそういう事なのだろう。

「一応聞くが、おぬし、どうやって逃げてきたのだ…;?」

「さぁ?どうかな。」

そう言って笑う姿は端から見れば無邪気そのものにも見えたのかも知れないが、

わしには酷く恐ろしい物に見えた。

「じゃあ、望ちゃん。しりとりをしようか。」

「拒否権が無いのなら無駄な抵抗はせぬ方が身の為だな…;。」

「そうそう。大体、釣りをしながらでもしりとりならできるでしょ?」

『ね?』そう言って笑うその顔には、有無を言わさぬ強い押しがあった

「仕方が無いのぅ…;。
 ほれ、とっとと始めんかい;;。」






こうしてわしとこやつの言葉遊びは始まった。






「ん〜そうだな〜、じゃあ白鶴の『る』から始めようか?」

「『る』…『留守』。」

「『す』だね…じゃあ『水素』。」

「『そ』…『ソリ』。」

「『リトマス試験紙』。」

「またマイナーなもんを…;。」

「ふふ。でも反則はしてないよ。」

「むぅ…;。」

酷く懐かしい言葉遊び。

自分も相手も一見すれば10代の少年のように見えるとはいえ、

実年齢はそれを裕に何回りも超えていた。

それ故というわけでもないが、自然とここ数十年というもの、

遊びらしい遊びとはほぼ無縁の生活を送っていた。

ところがここ最近、今自分の目の前にいるこの男は何を思ったか、

いきなり毎日のように『しりとりをしよう』と持ちかけてくるようになったのだ。

元々、少々気まぐれなところのある男だ。

それ故に、彼のこの一風変わったマイブームの到来も、さして気にも留めずにいた。

どうせすぐに飽きるだろう…そう思っていたのだ。

しかし、それからというもの、このやり取りはほぼ毎日のように行われていた。

子供じみたただの言葉遊び。

本来ならすぐに飽きてもおかしくないような幼稚な遊びだ。

その証拠に、他にこの男につき合わされていた白鶴を始めとした数々の道士達は、

皆とっくの昔にこの遊びにうんざりしてしまっていた。

今では、ほとんどの者がこの遊びの誘いを受けると難色を示す。

それどころか、この遊びに誘われぬよう、

極力この男を避けて通る者まで現れだした始末だ。

かく言う自分も、この遊びにはだいぶ前に飽きが来ていた。

とは言うものの、この遊びは、自分でも信じられないくらいに

2人の間で繰り返され続けていた。

なぜかと言えば、全てはこの男のせいだ。

この男には昔から、周りの人間に「NO」とは言わせない、妙な威圧感があった。

それ故に、同期で、この男の最も近くにいる自分はこの遊びから逃れられずにいた。

とはいえ、自分も、もういい加減この遊びにはうんざりとしていた。

なんとか終わらせる手立てはないだろうか…

そうしてしばらく考えているうちに、

わしの脳裏にちょっとした案が浮かんだ。



「…『シーラカンス』。」

「『スポイト』。」

「『トス』。」

「アタック?レシーブ?(笑)」

「しりとりをせんか、しりとりを;。」

「ふふ…はいはい。じゃあ『水溶性』。」

「『椅子』。」

「…『水蒸気』。」

「『き』〜…『急須』。」

「………。」



もう気づかれたか…

無言で何か物言いたげにまじまじと自分の顔を見る

酷く見慣れたその男の顔を見て

ほんの少し後悔もしたが、もはや後には引けなかった。

我ながら、姑息な手段とは思いつつも、

わしは語尾が必ず『す』で終わるようにしていた。

こうする事で、一刻も早く、相手の負けという形でこの遊びを終わらせ、

かつ、この遊びの穴を巧みにつく事によって、

如何にこの遊びがくだらないかをこやつに思い知らせる…!

という作戦だった。

そう…そういう作戦だったのだ。

が、しかし、この男に思い知らせてやるどころか、

この後、逆に自分が、

この男をいかに甘く見ていたかという事を思い知らされる結果となった。

「『水酸化ナトリウム』。」

「……『む』…『む』か…;。…『ムース』;。」

「『水酸化マグネシウム』。」

「……『む』…『む』…『蒸し返す』;。」

「『水酸化カリウム』。」

「……………;。」



しまった…そう気がついた時にはもう遅かった。

ヤツは、自分と全く同じ手を繰り出してきたのだ。

それどころか、間違いなくヤツの方が一枚も二枚も上手だった。

この男は、わしの『す』という攻撃さえも、

『水酸化』という単語たった一つで、いとも簡単に解決してしまった。

この化学オタクの事だ…

おそらく、今上げた以外にも『水酸化』と付く言葉には事欠くまい。

その上、それに対して自分に与えられた『む』という単語は、

それでなくても他の語に比べて極端にボキャブラリーが少ない。

形勢が完全に逆転してしまったことは明らかであった。

「………;。」

「どうしたの、望ちゃん?」

そう言ってわしの顔色を伺ってクスクスと意地悪く笑うその顔がたまらなく憎らしかった。

「…ねぇ、ちょっとは反省した?」

「さて、なんの事かのぅ;?」

「へぇ…反省してないんだ?
 じゃあ、このまま続けようか?」

「…………………反省…しました;。」

「ふふ。はい、よろしい。
 仕方ないなぁ…じゃあ今回はその素直さに免じて、
 単語を変えてあげようかな。」

「狽ネぬ;!?」

てっきりもう見逃してくれる物だとばかり思っていた。

が、どうやらその考えさえも甘かったようだ。

しかし、置き去りの件といい、『す』の件といい、

さすがの自分も今回ばかりは酷く後ろめたさを感じていた。

それ故、その時にはもう、間違っても自分から

『もう終わりにしよう』等とは切り出せなくなってしまっていたし、

わざと負けると言う事もできなくなってしまっていた。

もはやわしに出来る事といえば、

この男が次に繰り出してくる言葉が簡単である事をただただ祈る事だけであった。

もっとも、この祈りに効き目があったか否かの結果はおのずとすぐに出る事だが。

が、しかし、予想反して、意外にも目の前のこの男は次の言葉に詰まっていた。

どういうわけか、人の顔をじっと見たまま、

何かを考えるようにただただ押し黙ってしまったのだ。

『す』等、ただでさえボキャブラリーの多い単語だ。

普通に考えて、この単語でこんなにすぐに言葉に詰まるとは到底思えなかった。

不審に思ったわしは、すぐさま声をかけた。

「…普賢;?」

「………。」

「普賢、どう…

『したのだ?』

そう続けようとした瞬間、

その言葉を言い終わる前に

自分の声と、酷く聞き慣れたその声が重なるようにしてぶつかった。







「好き」







「!」

「好きだよ、望ちゃん。」







そう聞こえた次の瞬間、唇に何かが触れたのを感じた。

ほんの一瞬だけ時が止まったような気がした。







「〜〜〜〜…////!!」

「どうしたの、望ちゃん?」

文字通り目の前にあるよく知った顔は、

何食わぬ顔でそう言いながら、

わしの顔を見てクスクスと笑った。

その顔は先程よりも数段増してたまらなく憎らしく感じた。

「…ぉ…ぬしは…アホか…///!!」

「アホじゃないよ。
 しりとりをしてただけだもの。」

そう、しれっと言ってのけながら

自分の顔を見て更に意地悪く口元を歪めるその顔を見て、

その時初めて、自分の頬が先程よりも高い熱を持っている事に気がついた。

照れ隠しに片手で顔を覆ってはみたが、

もちろん片手で覆い隠せるわけもない。

熱を帯びた顔。

きっと隠れていない部分も全部赤いのだろう。







「…『嫌い』。」

「…え?」

「聞こえんかったのか?
 『嫌い』。『嫌い』だ…//!
 次はおぬしの番だぞ…///!」

照れ隠しに半ば叫ぶようにそう言ってはみたが、

ヤツには痛くも痒くもないであろう事は明らかだった。

なぜなら、目の前のその顔は

先程よりもより一層嬉しそうに口元を歪めたのだから。

「そっかそっか…『い』だね。
 『い』…『いつまでも一緒にいようね』とか?」

「〜〜〜〜…////!!!」

わしはこやつには敵わない。

そして、きっと一生敵わないままなのだと、そう思った。



次の瞬間、わしは釣竿を引っ掴み、普賢をほったらかして

そそくさと金剛力士へと足を進めた。

「望ちゃん、続きは?」

「知るか…///!」

「ちぇ、残念。」

そうは言いながらも、ヤツは満足げな顔をしてわしの後を付いてきた。



「望ちゃん。」

「なんだ…///!」

「ずっと一緒にいようね。」

「じゃぁかぁしい///!!」

「ふふ。『約束』ね。」



非常に一方的であまりにも軽い口約束。

ふざけ半分の幼稚な戯言。

それでも、その戯言はわしとヤツの間では

間違いなく『約束』だった。

しかしその約束が果たされる事はない。

なぜなら、彼の時は、それから約20年程後、

ぴたりと止ってしまう事になるからだ。







今、わしは金鰲島との戦いで力を使い果たした崑崙山を後に、

太乙の造った新たなる拠点、崑崙山2で仲間達と蓬莱島へと向かう最中であった。

彼の時が止まってから、もう1月が経とうとしていた。

本当の戦いは、まだ終わって等いない。

彼を始めとしたたくさんの仙道達の時が止まって尚、

わし等はまだ戦いの最中にいた。

気を休める暇等、まだわし等にはない。

本来なら、他の事を考える余裕等、今のわし等にはありはしないのだ。

しかし、そんな張り詰めた状況の最中、

ふと思い出された酷く懐かしい思い出。

果たされることのなかった約束。

言葉遊びの成れの果て。

今も尚、消えない記憶。

今の自分が彼の為に出来る事は、ただ祈る事だけ。

願わくば 寂しがりやの彼が1人ぼっち等ではありませんように。





ドウカ貴方ノ笑顔ガ曇ル事等アリマセンヨウニ

ドウカ貴方ノ笑顔ガ消エ失セテ等シマイマセンヨウニ





願わくば 言葉遊びの好きな貴方の隣に 自分以外のよき遊び相手がいる事を

切に願う。




END.






『言葉遊び』のside 望。

この後何も知らない無邪気(?)な楊ゼンがやってくるわけです。

なんかこれじゃまるで楊ゼンが物凄く間の悪い子みたいな感じですが、

あくまでたまたまタイミングが悪かっただけです。(ホントかよ)

そして別にウチの太公望は楊ゼンが本気で嫌いなわけじゃありません。

今はまだ付かず離れずな感じです。

あくまでこの時は、たまたまタイミングが(しつこい)


2012.1 再UP



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