子供の頃 寝物語に母がよくしてくれた話があった

その話では 月は太陽に恋焦がれ

毎夜、会えぬその時を指折り数えて満ち欠けを繰り返してるのだという

幼心に 母の紡ぐ月の悲しい恋物語が酷く印象に残った

もしも自分が太陽ならば

絶対に月を悲しませたりしないのにと豪語すれば

母は そうね、と笑った

今思えば、あの時から

自分は 月に恋をしていたのだと思う









−天体恋慕 〜第5惑星の恋〜−








今夜はどうにも寝付けない。

元々、自分は小さな頃からそんなに寝つきのいい方ではなかった。

布団に入って、ものの5分と経たないうちに眠りにつく事のできる兄とは対照的に

自分はどういうわけか布団に入ると目が冴えてしまう。

小さな頃は そんな夜は決まって母がおとぎ話をしてくれた。

どの話もとても面白く 毎夜、母の紡ぐおとぎ話を楽しみに待った。

不思議な事に そのおとぎ話の数々にわくわくと胸を躍らせているうちに

自然と寝付くことができたのを覚えている。

しかし、さすがにいつまでも母と同じ布団でおとぎ話を聞いてはいられない。

成長し、母とは別の寝室で眠るようになってからと言うもの

この寝つきの悪さは直るどころか どんどん悪化をしていくように思えた。

普段でも、布団に包まってから睡眠に入るまで、

最低でも30分〜1時間前後は必要とする。

もっと酷い時には、何時間かかっても寝付けない夜もあって、

眠りに入るのが空が白みだす頃になる事さえあった。

だがそれも、以前ではせいぜい年に1〜2度あるかないかくらいの物だった。

しかしどういうわけか、崑崙山へやって来てからと言う物、

ひと月に1度というハイペースでその日はやって来るようになった。


(こう見えて繊細なのかねぇ、オレも…)


そんな事を考えてごろりと寝返りを1つ。

視界に入ってきたのは1つの窓。

すると視線は、自然と ごたごたとした室内から窓の外へと移り、

窓から見える1つの景色に目に留まった。


(満月だ…)


空には見事な満月がぽっかりと浮かんでいた。

それを見て、小さな頃 母が話してくれたおとぎ話の主人公の台詞を思い出した。

満月の夜、空を飛んで現れた 永遠に子どものままだという不可思議な少年。

少年は、妖精の力を借りて

ヒロインとその弟達を、不思議な永遠の国に連れて行った。


(好きだったな、この話…)


確かある日、毎夜眠れずに悩んでいるヒロインの弟に、少年はこう言ったんだ。

「『眠れない時は起きてればいいさ。』」

ぽろりと口から零れた懐かしい台詞に、思わず笑みがこぼれた。


(どうせこんな夜はどうしたって眠れないんだから…)


そう思い、思い切って起きる事にした。

さてどうしようかと考えると、最初に浮かんだのはやはりさっきのおとぎ話。


(よくお弁当やおやつを持って皆でピクニックに出かけてたっけ)


そう思い出すと同時に むくっとベッドから飛び起きた。





ひょっこりと頭だけを廊下に出し、向かいの部屋を探る。

自分部屋の向かいはこの家の主の部屋だ。

家の主を起こさぬよう、物音を立てないようにするりと部屋を抜け出し、

こそこそと台所へと足を運んだ。

この家の中では、食事は当番制になっている。

勝手知ったる、とばかりに こそこそと戸棚や貯蔵庫を漁れば

出てきたのは桃が2つに小月餅が5つ。


(夜のピクニックに小月餅なんて、出来すぎかな?)


あまりに誂え向きのお供に、またしても笑みがこぼれた。

水筒に温かいお茶を入れ、それら全てを籠に詰めてみれば

なかなかどうして 急ごしらえにしては様になっている。

その籠を両手で抱え、台所を後にする。

廊下をそろりそろりと通り抜けると、家の主の部屋の前に差し掛かった。

こそりと扉に耳を当て、耳を澄ましてみたが家の主の起きる気配はない。

ほっと胸を撫で下ろし、家を出る。

外に出ると、それまでの慎重さを全て吹き飛ばすように一気に駆け出した。

少し冷たい夜の外気が 走って火照る体に心地よい。

夜だというのに 外は満月の光に照らされて明るかった。

歩調を少し緩めて空を見上げれば、空には数え切れない星々と見事な満月。

月は、先程窓から見た時と変わらずそこに居た。


(小さな頃は「月が追いかけてくる!」って笑ったっけ…)


懐かしい思い出に思わず顔が綻ぶ。

上を見上げたままぽつりぽつりと歩み進め、

気づけば、目的の場所へと到着していた。

目の前には、月明かりに照らされてキラキラと光る水面。

そこは、ちょっとした穴場のようにひっそりと存在する湖畔だった。

この場所は、自分が初めて仙人界へやってきた頃

まずは環境になれた方が良いだろうと、

自分の師が案内してくれた場所の1つだ。


(月が水面に映ってる…)


ゆらゆらと揺れる水面に 青白いその姿と

そこから繋がる光の橋が揺れていた。

その橋は 子供の頃、母の話してくれたおとぎ話で登場した

自分にとってとても馴染み深い物だ。

「ムーンリバー…だったか?
 本当に渡れそうだよな〜…。」

その橋を渡って辿り着くのはいつも『ここではない不思議な世界』。

それが『良い場所』か『悪い場所』かは渡った人物次第。

馬鹿げているとは思いながらも、興味をそそられてそろりと足を出す。

水面へつま先をつけると ぱしゃりという音と同時に光の橋は大きく歪んで壊れた。

「まぁそりゃそうだ。」

自分の行動に思わず苦笑。

それでも、ひやりとした水は心地よく

そのままぱしゃりぱしゃりと水面を数回蹴った。

飛び散る水滴が月明かりに照らされて、宝石のように光った。

それが楽しくて、何度も何度も繰り返す。

すると、ふいに後ろから聞きなれた声。





「楽しそうだね、木タク」





自分以外は誰もいないと思っていた。

否、自分以外は誰もいないはずだった。

にも関わらず、いきなり声を掛けられ、

思わず勢いよく後ろを振り返ると

そこにいたのは1人の少年…否、少年の姿をした1人の男。





「し、師匠…;?!」

普賢真人。

その姿は自分と同じ年頃に見えるが 実際のところ実年齢は5倍近い。

物理学に長ける崑崙十二仙の一人であり 我が師匠である。

「何でいるんですか;!?
 っていうか、何してるんですこんな所で;!?」

「それは僕の台詞だと思うなぁ。
 明日も修行があるのに、こんな時間にこんな場所で何してるの?」

「あ…っえっと…その…;!」

質問に質問で返され、思わず動揺した。

当然ながら、師匠と弟子という間柄、師匠の方が立場が上だ。

その上、彼の言っている事は非常に的を得ているのだから、弁解のしようもない。

ここは素直に謝るべきだと判断し、大人しく深々と頭を下げる。

「すみませんでした…;;!」

謝罪の言葉を述べてから、ちらりと顔色を伺ってみれば、

どういうわけかほんの少しきょとんとした表情の師匠の顔。

「あぁ、そっか。ごめんごめん。
 別に怒っているわけじゃないんだ。」

「ほぇ…;?」

思いがけない言葉に思わずおかしな声が出た。

咄嗟に口を押さえたが1度口から出た言葉は口には戻らない。

「こんな時間に何も言わずに1人でどこかに
 出かけるみたいだったから心配になってね。
 だからこっそり後を付けさせてもらったんだ。
 こっちこそ、勝手に後を付けたりしてごめんね。」

ほんの少し申し分けなさそうにそう話す姿を見て、

とても居た堪れない気持ちになった。

「いや…;!そんな…;!
 謝らないでください、師匠…;!!
 悪いのは俺ですから…;!!」

ブンブンと首を振って訂正すれば、

師匠はそんなオレを見ておかしそうにクスクスと笑った。

「そんなに謝らなくていいよ。
 君ももう子供じゃないんだし。
 僕がちょっと過保護なだけだよ。
 でも、本当にどうしたの、こんな時間に?
 お弁当を持って夜の散歩?」

そう言ってひょっこりと首を伸ばして、

興味深げにニコニコとオレの手元のかごを覗く師匠。

目上の人間に対して…ましてや自分の師に対してこんな事を思うのは失礼だが、

その姿が少し幼く見えて、ほんの少し可愛いなと思ってしまった。


(さすがに、言ったら怒りそうだからさすがに言わないでおこう…)


本当の事を話したら、余計に心配をかけてしまうかもしれないと、

ほんの一瞬だけ迷ったが、嘘をつけば、また余計な心配をかける事になる。

ましてや、別に隠し立てをする事でもないので、正直に話すことに決めた。

「どうしても寝付けなかったんです。」

「…寝付けない?」

「はい…あの…元々、昔からそんなに寝付きも良くなかったんですけど…。
 こっちに来てからは…そういう日がわりと多くて…。
 だから今日は、思い切って散歩でもしてみようかな…なんて思って…。」

しどろもどろと事の次第を説明すれば、

みるみるうちに不安げな顔をする師匠。

「何か、心配事でもあるのかな?
 困った事とか…不安な事があるとか?」

「…っ!いえ、ないです…;!!
 ホントに…そんな大した事ではなくて…あの…;。」

話した事を一瞬だけ後悔したが、それも後の祭り。

慌てて大した事ではないと訂正しようと口を開いたが、

上手く説明が出来ず声がどんどん小さくなる。


(師匠にこんな顔をさせたかったわけじゃない…)


最終的には、思わずうつむいて黙り込んだ。

優しい師に心配ばかりかける こんな自分がとても情けなく思えた。





すると、ふいに視界にすっと影が落ちた。

ほんの少しだけ目線を上げれば、自分の顔を覗き込む師匠の顔。

「本当に大した事ではないの?」

「…っホントです;!
 ホントに、大したことなくて…散歩も、ホントに軽い気持ちで…;。
 だから…師匠に心配をかけた事が…ホントに申し訳なくて…あの…;。」

「そう、ならよかった。」

そう言って笑う師匠の顔がとても優しくて、また少し胸が痛んだ。

ちゃんと謝罪しようと口を開きかけたら、先に師匠の声にかき消された。

「よしっ!じゃあ一緒にお月見しようか、木タク!」

「ふぇ…;?」

またしても思いがけない言葉に本日2度目のおかしな声が出た。

恥ずかしくなってまたしても口を押さえて師匠を見れば、

ニコニコとした笑顔をオレに向けていた。

「木タクが眠くなるまで、一緒に少しお話しよう。」

そう言ってニコニコと笑う師匠の顔を、思わずまじまじと眺めてしまった。

「いや…でも、師匠まで道連れにするのは…申し訳ないです、し…;。」

「でも、僕ももう目が冴えちゃったし。
 君をここに残して帰ったとしても、どうせ心配で眠れないし。
 せっかくの綺麗な満月だし。
 美味しそうなお弁当もあるし。
 ね、そうしようよ、木タク。」

そう屈託なく笑う師匠の姿を見て、また胸が痛む。

と、同時に、不謹慎ながらも酷く嬉しくなった自分に嫌気が差した。


(師匠は心配をしてくれてるのに…嬉しいなんて…最低だな、オレ…)


そうは思っても、ここでオレが断ったところで、

おそらく師匠は簡単には引いてはくれないだろう。

それどころか、更に余計な心配をかけてしまう事になる。

「えっと…じゃあ…お言葉に、甘えて…。」

「そうこなくっちゃ!」

そう言って、ちょこんと腰を下ろす師匠。

「ほらほら、木タクも座って座って。」

ポンポンと自分の隣を叩いて俺を促す師匠の横に、自分も腰を下ろした。

「えっと…とりあえず、それっぽくお弁当でも広げますか…?
 小月餅と桃があるんですが、いかがですか師匠?」

「あ、いいねぇ。じゃあ小月餅1つもらえる?」

「はい、どうぞ。」

「ありがとう。」

小月餅を手渡すと、嬉しそうにニコニコと頬張る師匠。

屈託なく笑うその姿に、思わず自分も笑みが零れる。

とりあえずその笑みがばれぬように 自分も小月餅を1つ頬張った。

頬張る度に、真ん丸いその形が欠けて行く様が

まるで本物の月の様で楽しくて、

パクパクと勢いよく頬張れば、すぐにその姿は腹の中へと消えた。

2人で他愛もない話をしながら、小月餅を2つずつと、桃を1つずつ平らげ、

気づけば籠の中身はお茶の入った水筒と、1つの小月餅のみになっていた。

「あ、最後の1つ師匠どうぞ。」

「じゃあ半分こしよう。」

そう言って師匠はオレが手渡した小月餅を2つに割った。

小月餅は見事に綺麗な半月の姿になっていた。


(オレが割ると 絶対大きさがバラバラになるのにな…)


感心して師匠が割った小月餅をボーっと見つめていると、

急に目の前に半月が差し出されて 慌てて手を差し出した。

そんな俺を見て、師匠はクスクス笑ったけど、

オレは知らん振りを決め込むことにした。



「実はね、こんな事を言うの、君には申し訳ないんだけど、
 木タクが起きててくれて 本当はちょっとほっとしたんだ。」



オレの掌の上に俺の掌の上へ落ちた瞬間、

まるでいたずらのネタばらしをする子供のように

師匠はそう言った。

「え?」

思いがけない言葉に驚いて師匠を見ると、

師匠はほんの少し眉根を寄せて笑った。

「実は僕もね、今日はなんとなく眠れなかったんだ。」

「師匠も、ですか?」

「うん。最近、時折あるんだ。
 ただ、僕の場合は、寝ようと思えば眠られるんだけど、
 眠ると決まって恐い夢を見て魘されるんだ。」

話しながら、師匠はゆっくりと目を閉じた。

「恐い夢、ですか…?」

眠りに落ちる前のような もうすでに夢の中にいるような

ゆったりとした柔らかな声で、師匠はゆっくりと続ける。

「そう。起きた時には覚えてないんだけどね。
 それでも、凄く怖かったのだけは覚えてる。
 そういう夢を見る日は、なんとなく眠る前にわかるんだ。
 わかるから、眠るに眠れない。」

そういい終わると師匠はまたゆっくりと目を開けて空を見上げた。

「だから、本当に申し訳ないんだけど、
 君が起きていてくれて、ほっとしたんだ。
 …子供みたいだろう?」

そう言って師匠は笑った。



「ごめんね、こんな駄目な師匠で。」



冗談だったのかもしれない。

でも、そう言って微笑む師匠に オレは

いつもの芯の強い師匠の面影は感じられなくて

酷く心がざわめいた。

確かにそこにいるはずなのに

このまま夜の闇に溶けて消えてしまうような そんな気がして

オレは馬鹿みたいに不安になって

ほんの少し大きな声で返した。

「そんな事はないですよ。」

急に声のボリュームの上がったオレを

師匠はびっくりした顔で見たけれど

オレは気が付かないふりをして続けた。

「師匠は、全然駄目なんかじゃないです。
 誰にだって心はあるんですから、
 時には不安になる事だってありますよ。
 師匠は強くて優しいオレの自慢の師匠です。
 オレは師匠の弟子でよかったと思いますよ。」

「そう?ありがとう。」

そう言って笑った師匠の笑顔は

いつも通りの屈託のないそれに戻っていて 少しだけほっとした。

「それにしても、お月見に小月餅なんて風流だねぇ、木タク。」

唐突に まるで話の流れを変えるように 師匠がそう言った。

もしかしたら というよりもしかしなくても

オレは この人に気を使わせてしまったのだな、と

ほんの少し反省した。

「あぁ…あの、たまたま戸棚に残ってるのを思い出しまして…」

「今夜は満月だし、ちょうど良かったね」

そう言って半分になった子月餅を少し掲げて月を見上げる師匠。

月光に照らされたその姿は なんだか酷く大人びて見えた。


(あぁこの人は やっぱり凄く綺麗だ…)


そう思う自分に気が付いて 思わずはっとした。


(何を考えているんだろう、オレは…弟子の癖に…)


自分自身の思いに 酷く戸惑った。

その戸惑いを悟られないように、自分も慌てて空を仰げば、

空には先程と変わらない、月と数え切れない程の星々が浮かんでいる。

「ねぇ、知ってるかい、木タク?」

「なんです?」

主語のないその問に対して ふいに隣を見れば、

いつの間にこちらを向いていたのか師匠と目が合った。

思いがけない事に、心臓がドキリと跳ねた。

「満月の事をね、『望』っていうんだよ。」

師匠はそう言いながら、指で地面に『望』の字を書き記した。

「…『望』ですか?」

「そう、『望』。
 僕はね、満月を見るといつも 望ちゃんと昔話した事を思い出すんだ。」

そう言いながら、一瞬 師匠は微笑んだように見えたけど、

実際の所は、本当に微笑んでいたのかはわからない。

月明かりに照らされたその表情は 

なぜかオレには 笑っているようにも 泣いているようにも見えた。

その表情に、また心臓がまたほんの少し跳ねが、

今度はさっきとは違い、なぜかちくりという小さな痛みを伴った。

「太公望師叔と?」

太公望師叔。

彼とは、自分も面識があった。

その姿は師匠同様、自分と同じ年頃に見えるが 実際のところ実年齢は5倍近い。

師叔は、普賢師匠と同期でとても仲が良い道士だ。

何度か家へ尋ねてきた事もある。

現在は、元始天尊様の命で 人間界に降りて『封神計画』に着手している。

なんでも、とても意味のある重要な任務らしいが、

下っ端の自分達はまだ詳しい話を聞けずにいるので、

よくは知らないというのが実際の所だ。

「どんな話なんです?」

そう言って微笑んでは見たものの、

実際の所上手く笑えた自信はあまり無い。

なぜといえば、どういうわけが胸がちくちくと小さく痛んだからだ。



(一体、何だって言うんだ…)



「望ちゃんは月っていうより太陽なイメージだよね〜、って。」

「あぁ、なんとなくわかりますね。」

その言葉に、気さくに笑う明るい師叔の笑顔を思い出した。

いつも面白く、人々を明るくするあの人の人柄は、

確かに月というよりは太陽のそれに近いのかもしれない。

「そうしたら望ちゃんが、自分は太陽なんて柄じゃあないけど、
 少なくとも自分よりは僕の方が月のようだ、って言ったんだ。」

「ははっ、それもなんとなくわかります。」

柔らかく それでいてどこか温かく人々を照らすのその光は

師叔のいう通り、まさに師匠のそれによく似ていた。

実に的を得たその例えに、オレはほんの少し可笑しくなって笑って賛同した。

すると、師匠はまたにこりと微笑んだ。

オレにはその顔が また 笑っているようにも 泣いているようにも見えた。

その表情に オレの心臓は、痛みを伴って跳ねる。

その瞬間、オレはなぜか

昔 母がよくしてくれた寝物語の1つを思い出したんだ。





(なんでこんな時に…?)





師匠はゆっくりとオレから視線をはずすと また空を見上げる。



「ねぇ、木タクはこんな話を知っているかなぁ?」

「なんです…?」



師匠はゆっくりと 少しずつ口を開く。

自分の心臓の音が 少しずつ早くなるのがわかった。



「僕がね、子供の頃、母に読んで貰った本の話なんだけどね。」



その声はとても柔らかく 決して大きな声ではないはずなのに

じわりとオレの中に響いた。





「罪作りな太陽と 馬鹿な月のお話。」





その瞬間 心臓がぎしりと軋み 未だかつてなく大きく跳ねた。

どくんどくんという自分の心臓の音が オレの頭の中に大きく響く。

そして、その音に反して ゆっくりと響く師匠の声に、

オレは夢の中にいるような

ふわふわとしたようなそわそわとしたような 不思議な感覚に陥った。



「月はね、生まれ出でたその時から ずっと太陽の事を思っているんだ。
 月は、太陽に会えないのが寂しくて 悲しくて 辛くてたまらなくて
 毎日太陽に会えない時を数えて日々形を変えているんだって。
 それを見た空が月の事を可哀想に思って、太陽の代わりに星を作ったんだよ。
 いつも月の傍で瞬いて 月を慰める為にたくさんの星を生んだんだ。

 それでも、星は太陽じゃない。
 どんなに星が美しくても、月にとって太陽の代わりなんて居ないんだ。
 月は太陽が恋しくて恋しくてたまらなくて
 ずっと指折り数えて満ち欠けを繰り返してる。」



(あぁ)



「でも太陽はそんな事知りもしないで毎日たくさんの人や物達を照らすんだ。
 それで毎日、たくさんの心を惹きつける。
 月の気も知らず、月がどんなに太陽を想っているかも知らないで。」



(知っている)



「今でも 月は太陽を思ってずっと満ち欠けを続けてる。
 馬鹿みたいに ずっと。
 太陽はとっても罪作りで
 無駄だってわかっているのに、ずっと満ち欠けを繰り返す月は
 凄く愚かだね、っていう話だよ。」




(  オ レ は  こ の 話 を 知 っ て い る  ) 





「僕はねこの話を聞いて…」

「その話、知ってます。」

無意識に、ぽろりとそう口から零れて はっとして我に返った。

まるで、師匠の話を遮る様に紡がれたその言葉。

「あれ!木タクも知ってるんだ!?」

「…あ、はい…子供の頃オレの母もこの話をしてくれましたから。」

「そっか〜…なんか嬉しいなぁ。」

否、おそらく、遮りたかったんだ。

この話の結末に何があるのか

師匠が何を言いたいのか わかってしまったから。

「でもオレは、この話を聞いた時、
 確かに太陽は酷いなぁって思いましたけど、
 でも、どちらかといえば、太陽なんかよりも
 月の方がずっと罪作りだと思いましたけどね。」

「え、なんで?」

そう言って師匠は不思議そうにオレの顔を覗き込んけれど

オレは 師匠の目を見ることが出来なくて

誤魔化すように空を仰いだ。

すると、隣で師匠も空を仰ぐ気配がして

オレは胸を撫で下ろしてゆっくりと続けた。

「だって空は月の為に星まで作ったんでしょう?
 それなのに月は星なんて見向きもしないんだから。
 空にも星にも心配ばかり掛けて…相当な罪作りですよ。」

「あはは、そうだね。月は凄く我侭だから。」

そう言って笑う師匠の横顔を横目で覗き見ると、

また胸が軋んだ。


(あぁ)


ぎしりぎしりと痛みを伴って軋む胸に 思わず手を当て押さえ込んだ。


(わかった)


「あれ、木タク、どうかした?」


(この胸の痛みの原因も 理由も)


「いえ、何も。」


( オ レ は ――――――…)





「さて、と…さすがにもうそろそろ戻って寝ないと…。
 もうすぐ日が出ちゃうんじゃないですか?
 明日も…というか、たぶんもう今日ですが…
 今日もみっちり修行がありますし。」

そう言って、オレは誤魔化すようにすっくと立ち上がった。

「あ、もうそんな時間?」

「えぇ、もう1時間しないくらいで日が出てしまうんじゃないですかね?」

パンパンと服に付いた土や草を落とす。

オレはその後、籠へ水筒やゴミをどんどんと詰め、

あっという間に帰り支度を済ませた。

しかし、それでも隣に座る師匠は

一向に立ち上がろうとする気配を見せなかった。

「師匠は…お戻りにならないんですか?」

「あぁ、うん。
 僕は、折角だから日の出まで見ようかと思って。」

「お1人で大丈夫ですか?
 オレもいた方が―…。」

「いや、大丈夫だよ。
 木タクは先に帰ってちゃんと寝て。
 あと、明日は…っていうかもう今日だけど、
 修行の時間を1時間だけ遅くしよう。」

そう言って笑顔で空を仰ぐ師匠の姿が

オレには、何かを 否、誰かを待っているような そんな風に見えた。

師匠は 不思議そうな顔で立ちすくんだままの俺に気がつき、

俺の方を見てまた眉間に皺を寄せてくしゃりと笑った。



「僕ね、明け方の空が一番好きなんだ。」



それだけ言うと、師匠の視線はまた空へと吸い込まれる。



「一日の内でその瞬間だけ 月と太陽が出会う事が出来るから。」



その言葉に オレは月は本当に罪作りだと思った。





( だ っ て 、 師 匠 が 月 な ら 俺 は 星 だ )





「だから、気にしないで先に戻ってて。」

「はい、じゃあお言葉に甘えて…お先に失礼します。」

「おやすみ、木タク。」

「おやすみなさい。」

そういい終わると、オレはすぐに踵を返して走った。

走って 走って 走って

師匠が完全に見えなくなるところまで来て、ようやく歩みを緩めた。

その頃には 気なしか次第に辺りが明るくなってきているようだった。

空を仰げば、徐々に黒から姿を変えつつある空からは

星々は少しずつ姿を消していっていた。

それを見て、胸はまたギシギシと軋んだけど、

全力で走ったせいだと思う事にした。



「月は ホントに残酷だよなぁ。」



そうぽつりと口から零れるのと同時に 思わず自嘲気味な笑みが零れた。



「空は月の為に星を生んだのに
 星はいつも月の傍に居るのに
 月は星になんて見向きもしない。
 会えもしない太陽を思って、ただ毎日指を折る。」



胸がギシギシと軋む。



「そしてそんな月を見て、星はずっと瞬き続けるんだ。
 一生懸命 月を励まそうと頑張って
 月に焦がれてただ一途に瞬き続ける。」


胸がズキズキと痛む。


「月に焦がれて
 必死に足掻いて
 その身を空に流して
 必死に月に語りかけたって
 どうせ月は星なんて眼中にも無いんだ。
 月はただただ太陽を思って欠けてゆく。」


胸がぎゅうぎゅうと締め付けられる。


「それでも星はずっと月を想い続けるんだ。
 いつもただただ傍に居て。見守って。
 無駄だって事くらい、わかってるのに。」


胸が 苦しくて 苦しくて 堪らない。





「本当に愚かなのは 月なんかじゃなくて星だ。」





そう言って精一杯笑ったけれど、

きっと オレの顔は酷く不恰好に歪んでいるに違いない。




(でも それでも 星は月を想い続ける)





絶対に口になんてできないけれど

絶対にバレるわけにはいかないけれど

それでも もしもいつか気づいてくれたなら



その時は

月の為に散り行こう、と

そう思った。








END.





木→普。

言わずもがな『天体恋慕』の番外編です。

番外編が一番長いって言うね!(死)

イメージとしては、太公望が封神計画初めて数年くらい。

会えなくて、心配だわ寂しいわで眠れなくなっちゃったんです、普賢は。(妄想)

で、そこで普太じゃなくてあえての木→普ってね!マイナー上等!

とりあえずこのお話は木タクが好きなアスカちゃんにあげます。

てゆーか、書いている内に木タクがどんどんメルヘンになっていく謎。

最終的にはとんだファンタジック乙女ボーイに…ごめんよあっちゃん!

ちなみに、題名の『第5惑星』ってのは言わずもがな『木星』の事です。

いやうん、だって木タクだったからさ…あの…

うん、ほら、木タクで星だから、さ、ね?(ごにょごにょ)

まぁとりあえず、このお話で自分の書きたかったお空の恋物語は終わりです。


2012.1 再UP



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