思えば子供の頃から 自分は水遊びが大好きだった


水の中へと身を投じれば

まるで魚にでもなったように体は軽くなる


さらに水中へと深く深く潜れば そこは音のない静寂な世界

ゆらゆら揺れる流れに体を委ねれば

まるで時間が止まってしまったような

とてもとても不思議な気持ちになった


仰向けになって水面を見上げれば

太陽の光で水面がキラキラと柔らかに光って凄く綺麗で

自分だけの宝物を見つけたような ささやかな優越感


小さな自分には そこはまるで夢の世界で

一番のお気に入りの場所だったんだ









−水を得た魚と魚を得た水−








静まり返った深い静寂の世界で キラキラ揺れる光を求めて手を伸ばす。

しかし、触れようとしたソレに形はなく 結局の所なにも掴めはしない。

それでもなぜか自分は満足で 思わず小さな笑みが零れる。

しばらくそのままゆらゆらと身をゆだねたが

そこから3分もしない内に空気が恋しくなって、勢いよく水面から顔を出す。

「ぷはっ!」

外の世界に出た途端 耳へと流れ込む木々のざわめきや動物達の声。

ここは、程狭い神界の中で僅かながらに残された

他の神達からの諠嘩を離れた森の中。

決して五月蝿い場所ではないはずなのに

それでも数々の音で溢れかえっているように感じるのだから不思議な話だ。

空を仰げば、先程までとは違う眩いばかりの強い光。

その突き刺さるような光に思わず目を細める。

あぁ、現実の世界に返って来た と思わせるような世界の違い。

仰向けになってゆるりゆるりと手を動かせば

ぱしゃりぱしゃりと音を響かせ 体はいとも簡単に移動する。

そのまま水際へとゆっくり体を寄せ

岸に手を着くと同時にくるりと体を反転させると、

途端に頭上から降ってくる聞きなれた声。

「天化…おぬし、何をしとるんだ;?」

「あ?」

見上げると、そこにはよく見知った男の顔。

目がその姿を捕らえた途端、思わず笑みが零れた。

「水浴び。
 あーたもするかい、スース?」

その男の名は、太公望………改め伏羲。

少年のような成りをしたこの男は

任務上一時期の間、寝食を共にした元上司で

自分の師の弟弟子で

実は宇宙人。

「いや、遠慮する;。
 この薄ら寒い中そんな事する程血迷っとらんわ;。
 つ〜かそもそも、服着たまま水に潜る阿呆がおるか;。
 脱ぐなり水着に着替えるなりすればよかろうよ;。
 上がった後どうする気なのだ;?」

「今日は天気がいいからすぐ乾くって。」

「…………。」

呆れたと言わんばかりに眉根を寄せてじとりと俺を見下ろすスース。

その視線をあえて無視してばしゃりと音を上げて岸へと上がれば、

服が水を吸って重みを増し、ずしりと圧し掛かった。


(水ん中だったら感じないんだけどねぇ…)


不快にもベタベタと体に纏わり付いた服をぎゅっと絞ると、

ボタボタと音を立てて地面へと水が滴う。

その水は あっという間に乾いた地面へと吸い込まれて消えていった。

その様をぼーっと眺めていると、

ばさりという音とともにいきなり視界が真っ黒く染まった。

自分の頭を覆った何かに手を掛けると、

それは先程までスースの肩に掛かっていたマントであった。

スースはそのままがっちりと俺っちの頭をホールドし、

ガシガシと勢い良く拭きだした。

その振動のあまりの激しさと痛みに思わず声を上げる。

「ちょっ、スース…;!痛ぇって…;!」

「じゃかぁしいわ、このダァホ!
 夏ならまだしも、もうボチボチ冬にもなろうって時期に
 いつまでもそんな格好でぼけっとしとるヤツがあるか!」

「俺っち、昔からよくコーチと寒中水泳とかしてっし、
 慣れてっから平気だって…;!」

「黙ぁっとれ!」

一頻り拭き終わると、ようやく黒い視界から解放された。

ほっとしてちらりとスースの顔を覗き見ると、

スースは『よし!』っとほんの少し満足げに笑った。

この宇宙人…もとい、元上司は意外と心配性で過保護だ。

「で、あーたこそこんな所でなにしてるんさ。
 カバっち達が血眼んなって探してたぜ〜?」

実はこの男は現在、自らの弟子や師匠、霊獣や元部下達からの逃亡生活中。

時折、彼らは神界にもこの男を捜してやってくるが、

そういう時は決まって影も形も姿を現さないのが

この男の意地の悪いところだ。

(こういうどうでもいい時にはフラフラ姿を現す癖に…)

「フン!見つかってたまっかい!
 あやつ等に見つかろうもんなら
 また馬車馬のように働かされるに決まっとる!
 わしは釣りでもしながらのんびりと余生を過ごすのだ!」

「…あーたらしいな。」

「ちゅーわけで、わしは今から釣りタイムだ。」

そういうと、スースはほんの少し離れた岩の上へとひょいと飛び乗り腰を下ろした。

お手製の釣竿を器用に組み立て、

ひょいっと振り上げて一気に振り下ろすと

ぽちゃりと音を立てて水面が揺れた。

どうやら冗談ではなく、本当に釣りに興じる気らしい。

その瞬間、ふと頭を掠める迷い。





(さて、真実を伝えるべきか 否か)





「おぬし、そんなトコに突っ立っていて楽しいか?」

まるで、俺の思考を遮る様にスースがそう尋ねてくる物だから

思わず一瞬口を噤んでしまい、

なんとなく、真実を話すタイミングを失った。

「……いや、別に。」

とりあえずはそれだけ呟き、自分もその場へと腰をかけた。

「おぬし、そのまま地べたに座ったりしたら服が汚れるぞ;?」

「そしたらまた泳ぎがてら洗えばいいさぁ〜」

俺っちがそういって笑うと、

スースはまた眉間に皺を寄せて何か言いたげな視線をよこしたが、

俺っちは知らん振りを決め込む事にした。






静かだ。

先程は音で溢れているように感じた外の世界も

慣れてしまえば至極静かなものたった。

微かに聞こえるのは 頻繁に頬を撫でて行く風の音と

その風で揺れる遠くの木々の音のみだ。


(今日は妙に風が吹く日さぁ…)


そう思った瞬間、森を一陣の突風が襲った。

酷い土ぼこりが舞い上がった為、咄嗟に目を半分以上閉じかけると、

それとほぼ同時に、スースの釣竿の浮きが風に煽られ舞い上がり、

銀に鈍く光る物が俺っち目掛けて飛んで来るのを微かに目の端で捕らえた。

「ぅおっと;!」

「ぬぉ;!」

とりあえず、俺っちが反射的によけたのと、

スースが咄嗟に竿を引いて自分の方に寄せた為、事なきを得た。

浮きは俺っちの鼻先ギリギリの所で方向を変え、

ぽちゃりと大きな音を立てて水の中へと帰っていく。

おかげさまで何事もなかったが、

危うくもう少しで釣られた魚の気分を味わうところだった。


(釣り針って顔に引っかかったら地味にすげぇ痛そうさぁ…;)


胸に手を当てると微かに心臓の鼓動が上がっていた。

「ぬぉ〜すまぬ、天化…;。
 大丈夫じゃったか;?」

「ぁあ危なねぇさぁ〜、スース〜;。
 俺っち危うく釣り上げられちまうところだったさぁ〜;。」

「おぉ〜…それはまた大物が釣れるところだったのぅ…」

「あーたなぁ…」

スースのその態度に言葉をなくし、

呆れ顔をして見せるが、スースは悪びれもせずに笑う。

「にょほほほほ!
 これだけの大物じゃあしっかりと魚拓に残さねばの〜。
 あ、魚拓ではないな。人拓か。」

さすがにほんの少し腹が立って横目でじとりと睨みつけると、

スースもようやくほんの少し怯んだ。

「うぅ、そう睨むな;!冗談だ冗談;!
 すまんかったって;!」

「へっ、どうせ俺っちは危うく釣られそうになった間抜けさ〜。」

俺っちは、わざとらしく拗ねる様にしてそっぽを向いた。

するとふと視界に入ってきたのは、風に揺れる水面。

キラキラと揺れる水面に魅せられて、

俺っちはほんの一瞬、時を忘れた。

一瞬の静寂。







「すまぬ、天化…」







その静寂を破ったのはスースだった。

スースのその言葉に、俺っちははっと我に返る。

「や、別にもういいって。
 そんな気にしてな…」

そう言って笑いながらまたくるりとスースの方に向き直ると、

スースの顔からは、先程までの笑顔が消えていて、

俺っちは思わず息を呑んだ。







「わしは、おぬしから大切な者たちを奪い おぬしの大切な者達からおぬしを奪ったよ。」







息が詰まった。

まるで水中にいるように、周りの雑音は耳に届かなくなり、

スースの声だけが脳に直接響いてくるようだった。



「わしは、最初からわかっていた。
 おぬし達の誰もが 玉砕覚悟で戦う事など目に見えていた。
 それでもわしは、気づかない振りをした。
 わしはおぬしらの心に漬け込んだのだ。」



じわりと響くその声は いつもの揺ぎ無いそれではなくて

まるで今にも風の音に消えてなくなってしまいそうだった。



「本当に、すまぬ…」



スースのその言葉に、酷く胸が締め付けられた。



「…選んだのは 俺っち達さ、スース。」

「ははっ、そうか。
 …だがな、わしは、おぬしがそう言ってくれる事もわかっていて、こんな話をしたのだ。
 わしはな、そのくらい狡くて汚い人間なのだよ。」



そう言ってスースは笑った。



「スース…」



でも俺っちにはその笑顔が、

笑っているようにも 泣いているようにも見えて、

思わず言葉を失った。



(違う 違うさ、スース)



なんとか思いを伝えようと考えて、

それでもいい言葉が浮かばなくて、

俺っちの口は言葉を紡ぐことなく閉じた。

どのくらい考えていたのだろう。

実際には5分と経っていなかったのかもしれない。

でも、俺っちにはその一瞬が何時間にも感じた。

必死に駄目な頭を捻って出したその言葉は、

ともすれば、酷く場違いな物のようにも思えた。

でも、その言葉は、確かに俺っちがこの人に伝えたい全てだ。



「…スースは、『魚の水を得たるが如し』って言葉知ってるさ?」

「…『魚の水を得たるが如し』。
 …『魚は水を得て初めて泳ぐことが出来る』。
 転じて、『水を得た魚のように、自分がかねて考えていた理想の人に会い、
 またふさわしい環境を得て、思うように活躍する事』だったか?」

「そうさぁ。
 俺っちはガキの頃、親父にこの言葉を教えてもらったんさ。」

俺っちがそう続けると、

スースは、俺っちがなぜいきなりこんな話をしだしたのか全くわからないようで、

小さく首を捻った。

「俺っちはな、名門といわれる黄家に生まれて、
 親父やお袋から、それなりの才能を貰って生まれてきたと思ってる。」

「なんだ;?自慢話か;?」

その言葉に、俺っちはにやりと笑う。

「まぁな。
 でも、それは元々周りの人間が言い出した事さ。『才能がある』って。
 親父もお袋も、家族みんなも。
 コーチや…あーただって言ったさ、スース。
 俺っちはそう言われんのも悪い気がしなかったし、正直嬉しかった。
 だから俺っちも『そうである為の努力』をした。
 『そうである為の努力』は惜しまなかったんさ。」



俺っちの言葉に、スースは黙って耳を貸す。

スースのその様子を見て、俺っちはそのまま続けた。



「でもな、俺っちには『泳ぐ為の水』はなかったんさ。」



「…なるほど…『魚』はおぬしか。」

「そうさぁ。
 俺っちは俺っちなりに、、
 自分には何が出来るのか 何をすべきか 何がしたいかを
 ずっと考えて、探してきたつもりさ。」

「で、『水』は見つかったのか?」

「おうよ。
 だから俺っちは、ずっとあーたに付いて来たんさぁ。」



その瞬間、スースがわずがに目を見開くのがわかった。



「俺っちは、あーたのした事は何1つ間違ってないと思うさ。
 だから、あーたに頼られたり、役に立てる力を持った自分が嬉しかった。」



俺っちがそう紡ぐと、スースはぎゅっと唇を噛み、眉間に皺を寄せた。



「おぬしは、わしを買いかぶりすぎているよ、天化…」



スースは、悲しそうに続ける。



「わしは狡くて とても汚い。」



そう言って、スースはまた自嘲気味に笑う。



「わしは、たくさんの者達を死なせてしまった。
 人間達、金鰲や崑崙の仙道達、十二仙…。
 そして通天教主や聞仲、おぬしの父もそうだ。
 わしの中の王天君がやった。
 それでもわしは、今もこうしてのうのうと生きておる。
 わしは ただの人殺しだ。」



(違う 違うさ それは違うよ、スース)



「何かを成すには、誰かの犠牲がつきものさ。
 それが大きな事であればあるほど、犠牲の数も比例する。
 ただそれだけの話さ。」



スースは下を向いて黙りこくったけれど、

俺っちは怯むことなく、更に続けた。



「もしも、スースが間違っていたんだとしたら、
 スースがただの人殺しだったんだとしたら、
 どうして皆、あーたに付いて来たんさぁ?
 どうして誰も戦うことをやめなかったんさぁ?」



その言葉にスースが顔を上げて俺っちの方を見た。

その瞬間、タイミングよくまた突風がびゅうと吹き抜けたけど、

俺っちはさっきみたいに目を閉じたりはせず、

必死に目を見開いてしっかりとスースを見据えた。



「誰にだって全てを選ぶ意思と権利がある。
 皆『泳ぐ為の水』をずっと探していて やっとそれを見つけた。
 だから皆、あーたに付いて来た。
 ただ、それだけの事さぁ。
 大体、綺麗過ぎる水じゃあ、魚は生きていけないさぁ。
 餌がなきゃ餓死しちまう。
 水ってのは、ちょっとくらい汚い方が魚も住みやすいんさ。」



俺っちがそういうと、スースがほんの少しだけ微笑んだ。

その瞳は、やっぱり悲しい色をしていたけれど、

先程までとは、少し違うような気がした。



「おぬしは とんだお人よしだのぉ。」

「そんなこたぁないさぁ。」



そう言って、スースは自分の前髪をぎゅっと掴んでまた笑った。

でも、ほんの少し眉間に皺を寄せてくしゃりと笑ったその顔は先程とは違う物だ。

その顔は、スースがよく俺っちに見せる顔で、

俺っちが一番好きな顔で

俺っちは 酷く安心した。

スースのその顔にほっとしたせいか、その時俺っちは

ふと先程頭を過ぎった事を思い出した。





(『真実を伝えるべきか 否か』)





その答えは もう出ていた。



(さて、真実を伝えてくれたこの人に こちらも真実を伝えよう)



「スース…」

「なんだ?」

「今更だけど、あーたここで釣りなんてしても意味ないさ。」

俺っちのその言葉に、スースはきょとんとした顔を見せた。

「この池、実は魚なんて1匹もいないんさぁ。
 水が綺麗過ぎるから。」

「狽ネぬ;!?」

その時俺っちはてっきり、

俺っちのその言葉に、スースは怒るものだとばかり思っていた。

妙に子供びたところのあるスースの事だ。

眉間に皺を寄せて『もっと早く言わんかダァホ…;!』なんて言って

子供みたいに怒鳴り散らすに違いない…そう思い込んでいたんだ。

でも、実際にスースが見せた顔は、俺っちの予想とだいぶ違っていた。

「むぅ、そうだったか…;。
 だったらここで釣りはできんの〜;。」

そう言ってスースはゆっくりと立ち上がり、ひょいっと釣竿を引き上げる。

俺っちは、スースのその態度に拍子抜けして、

ただじっとスースを見つめていた。

するとスースは、そのまま糸の先端付近を器用に捉え、

残りの糸の部分をグルグルと撒きつけ始めた。

「仕方がないから、『楽しい余生を過ごす為の釣りスポット』は
 新しい場所を探さんといかんな。」

糸を捕らえたスースの手のすぐ下の辺りには、

どういうわけか酷く見慣れないものがゆらゆらと揺れていた。



(あぁ)



きらりと鈍く光るそれは、

釣り針ではよく見る『し』の字に曲がった針ではなく、

どういうわけか、ただただ真っ直ぐに地面へ向かって伸びていた。

要するに、糸の先に括り付けられていたそれは

最初から釣り針なんかではなくて

ただの縫い針だったんだ。



(あぁ そうか)



それを見て、俺っちは気が付いた。



(この人は 自ら魚を求めたりしないんだ)



そう気づいた途端、俺っちはゆらゆらと揺れる

その銀の小さな光から目が離せなくなった。



( だ っ て 水 は   魚 な ん て い な く て も 生 き て い け る の だ か ら )



そう気づいた途端、胸の辺りがギシリと大きな音を立てて軋んだ。

あまりの音に その瞬間、俺っちは馬鹿みたいに慌てて、

その音がスースにも聞こえてしまったんじゃないかなんて

腕を組む振りをして さりげなく胸に手を当てて抑えた。


(そんな事あるわけもないのに)


「べっつに、場所なんて変える必要ないっしょ〜。
 そんな針じゃ、どの道魚なんて釣れねぇんだから。」



動揺を悟られないように

そう言って精一杯おどけて笑って見せたが、

その笑顔が 酷く不恰好な物になっている気がして全く落ち着かなかった。

それでも、そんな心配を他所に、

スースは俺っちの顔なんてちらりとも見ないで、

さっさと釣竿を仕舞い込んだ。

その後、俺っちの隣へひょいと飛び降りたかと思えば、

そのまま俺っちの横をゆっくりと通り抜けた。



「まぁ、気分の問題だ。
 ちゅーわけで、わしは撤収するからの。」



そういいながら、スースは片手を振ってゆっくりと歩みを進める。

俺っちは首だけで振り返り、スースに問いかけた。

どういうわけか捻った首ではなくて、胸がギシギシと音を立てて痛んだ。



「スース 次はいつ来るんさ?」



なんだか妙に息苦しい。



「さぁ〜の〜ぅ。
 気が向いたら来るかもしれんし
 もしかしたらもう2度と来ないかも知れん。」



その瞬間 まるで一突きにでもされたかのように

俺っちは胸に激しい痛みを感じた。

きっと、その言葉は、スースにとっては軽い冗談のつもりだったんだろう。

そして、その言葉に俺っちは勝手に1人で傷ついたんだ。



だって 俺っちは魚で スースは水で

俺っちは

水に溺れる魚のように

水中で必死に空気を欲する魚のように

それでも、水から這い出る事さえ出来ない馬鹿で哀れな魚のように

水の中でただ必死に足掻く。

無様に1人で苦しんで きっと最後には死んでしまうんだ。



 だ っ て 水 は 魚 を 求 め な く て も

 魚 は 水 が 無 く て は 死 ん で し ま う の だ か ら 



次の瞬間、気が付くと 俺っちはさっと体を反転させ、駆け出していた。

スースの背中に追いついた瞬間、

俺っちは後ろからスースの右腕を勢いよく引いた。

ぐらりとスースの体が後ろへと傾く。

「ぬおっ;!なっ…;!」

急に体が傾いた事に驚いて

スースが何かを言いかけたけど、

俺っちが左の掌でその言葉ごとスースの口を覆い隠してしまったから、

その言葉は最後まで紡がれる事はなかった。

俺っちの左手は、すっぽりとスースの顔の下半分を覆ってしまった。

自分の腕の中に閉じ込めるように、

俺っちは後ろからスースを抱きしめた。

触れているその顔も 体も 腕も全てが自分とは違う。



(一体、この小さな体のどこにあの強さが隠れてるんさ?)



そう思うと、より一層胸がぎゅっと締め付けられた。

俺っちはそのまま、スースの肩口に額を乗せ、

搾り出すような声で 必死におどけてみせる。



「そんな事言わねぇでまた来てくれよ、スース。」



息が苦しい。



「じゃないと俺っち、退屈で死んじまいそうさぁ。」



呼吸が出来ない。



「水がないと魚ってのは泳げねぇんだから。
 俺っち、やる事なくなっちゃうっしょ。」



 あ ぁ   空 気 が   恋 し い 。




   で   も   も   し   も   水   か   ら   出   て   し   ま   っ   た   ら  

         も   っ   と   ず   っ   と   苦   し   く   て

             き   っ   と   そ   れ   こ   そ   死   ん   で   し   ま   う   よ  







「アホか。」







頭の上から降ってきたのは、酷く痛烈な一言。

その一言にまた馬鹿みたいに傷ついて、

思わず体をビクリと跳ねさせたのは

きっと気づかれてしまったに違いない。



「ははは、ひっでぇなぁ…スース」



それでも、さすがに自分の突飛な行動が恥ずかしくなり、

精一杯の作り笑いを浮かべながら、体ごと両手を離す。

しかし、それと同時に、スースが勢いよくくるりと体を反転させたので、

思わぬ事に驚いてまた体が跳ねてしまった。


(あぁ、かっこ悪…)


しかし、そう思った次の瞬間、

俺っちはさらに驚く事になる。

スースは体を反転させるとそのまま俺っちに手を伸ばし、

俺っちの頭をガシリと掴んだかと思えば、

その直後、俺っちの視界は真っ暗になった。





( 今 、 唇 に 触 れ て い る も の は 何 ?)





その後、ゆっくりと視界が明るくなった時には、

一瞬何が起きたかわからず、ただぼんやりと呆ける事しか出来なかった。



「このダァホ。」



そう言ってあからさまに眉間にぎゅっと皺を寄せて呆れ顔をするスースの頬が、

ほんの少し赤く染まっているのに気が付いて、

俺っちはたった今自分の唇に触れた物が何だったのかを悟った。



「所詮、汚れた水なんて魚がおらんかったら醜く濁って腐るだけだ。」



顔に一気に熱が集まるのがわかった。

言葉を発そうにも、頭の中で言葉が浮かんでは消え、声にならない。

その結果、俺っちは間抜けにも まるで本物の魚のように

口をパクパクとさせる事しか出来なかった。



「おぬし、魚ならちゃんと水の為に働け。」



それだけ言うと、スースはまたくるりと体を反転させて、早足で進んだ。

スースの耳が真っ赤に染まっていたのはきっと見間違いなんかじゃないと思いたい。



「濁って腐る前にまた来るからな。
 それまでに死ぬんじゃないぞ、アホ魚。」



そう言って、スースは空を駆けてあっという間に見えなくなった。





「一方的ないい逃げは卑怯さぁスース…」





スースの姿が消えてから、

俺っちの金縛りはゆるゆると解けて行き、

しばらくしてようやく言葉を紡ぐ事に成功した。

やっと、伝えたい言葉を見つけたけれど、

伝える相手はもうすでに空の彼方だ。

今ここで俺っちの頬を撫でて行った風が、

あーたのトコにまで届けてくれたらいいのにと

そう思ったが、きっと願ったところであーたには届かないのだろう。





「魚は水から出れねぇんだから。
 俺っちはずっとあーたの傍にいるさぁ。」





もう その後姿さえも見えはしないから、

また次に会いに来てくれた時にでも伝えよう

そう思った。








END.





天太。

マイナー大好きだからマイナー連投を自重しません。(しろよ)

このCPが好きだとおっしゃっていた某お方がへの誕生日プレゼントでした。

この2人難しくてうっかり太天のように…;;。

いっそ間を取って天太天という事でどうでしょう☆(≧∀’)b(死)

はい、すみません;。本当にすみません;;。

私にはこれが限界でした;;。

えー…一応説明いたしますと、

内容といたしましては、道しるべから外れたちょっと後くらいのイメージです。

全体的にシリアスな感じで通したかったのに、

天化の一人称と口調のせいで台無しなんだよ〜。(←人のせい)


2012.1 再UP



back